【帰ってきたアイドル親衛隊】ホリプロ所属当時の自分にダメ出しの和田アキ子…でも理由を優しく説明してくれた

【帰ってきたアイドル親衛隊】ホリプロ所属当時の自分にダメ出しの和田アキ子…でも理由を優しく説明してくれた

(提供:リアルライブ)

 1968年に『星空の孤独』でデビューを果たした和田アキ子。子供の頃から和田をテレビで見ていて、良く知っていたのだが、和田が歌手だということを知ったのは、かなりの月日が経ってからだった。

 そんな和田の存在を意識するようになったのは、たしか小学校低学年の頃だった。『金曜10時!うわさのチャンネル!!』(日本テレビ系)というバラエティ番組が放送されていて、その番組が死ぬほど好きな小学生だった。放送時間が遅いことで小学生にとっては敷居の高い番組でもあったが、4つ上の姉や父親が毎週のように見ていて、そこに便乗して見る事ができたので、私にとってはラッキーだった。

 この番組は生放送でドタバタコントをやっていたのだが、そこでの和田は、プロレスラーのザ・デストロイヤー、せんだみつお、湯原昌幸などにハリセンで突っ込みを入れたり、大の男をなぎ倒すイメージがあり、すごいタレントがいるんだと関心しながら見ていた。実はこの頃は、和田が歌手だったということを知らなかったのはここだけの話し。

 世間では強いイメージが浸透していた和田だが、実際に会ってみると、そんなイメージが嘘のようで、優しく接してくれたのであった。私が和田と初めて会ったのは84年頃だった。当時はTBSのアイドル番組の公開収録を観に行っていた時のことで、番組の収録が終わってTBSラジオの玄関前で、出演者の出待ちをしていた時に、番組とは関係のない和田が出てきたのだ。

 この時に別の番組の収録があったみたいで、たまたまアイドルと出る時間が一緒になったということだった。その時に和田は直ぐに車に乗り込んでしまったが、そこで私が「アッコさん」と声を掛けてみると車の窓を開けてくれた。そこで少し会話をすることができたのだ。他愛のない話しだったが、しっかり私の言葉に聞き耳を立ててくれたので、すごく嬉しかった。

 それから私がハマりまくったドラマ『スクール☆ウォーズ』(TBS系)に和田が出演。劇中の和田は怖いイメージもあったが、内面の優しさも見え隠れするシーンも多くあって、同ドラマには欠かせない存在だったと言える。バラエティでイケイケだったり、シリアスな演技を見せてくれたり、もちろん歌手としても聞かせるいい曲を歌ってくれる和田は、子供心にすごいエンターテイナーと感じていた。

 ここですごい偶然があり、私が高校を卒業してホリプロで芸人として活動をすることになったのだ。ホリプロといえば、和田の所属事務所であり、近いうちに和田に会えるのではという期待を持っていた。しかしなかなか会うこともできず、同じホリプロの和田のものまねでお馴染みだった吉村明宏とはすぐに会えた。吉村も優しい人で生で和田のものまねを見せてもらった時には感動させてもらった。

 吉村の話しはさておき、ようやく和田と会えたのは1年後くらいだった。ホリプロ制作のバラエティ番組があり、その番組の司会を和田が担当した。私はネタを披露しての出演だったが、ここで和田に厳しいことを言われてしまった。かなり凹んでしまったが、的を得たことを言われたので、自分自身で納得することができた。こんな時に和田は番組が終了すると、私に話しかけてくれて、ダメ出しに対して優しく説明してくれた。この言葉で俄然やる気になって、私自身しっかり前へ進むことができたと思う。

 私がホリプロに籍を置いていたのは2年だけだったが、以降も放送作家として和田の出演している番組で台本を書かせてもらったり、企業の発表会など様々な記者会見などでも遭遇する機会はあるが、おそらく20年くらいは話しをしていないので、いつかはホリプロ当時の自分に活を入れてくれたことを言いたいと思う。おそらく私のことは覚えていないと思うが、私の人生のターニングポイントになってくれた存在なので、自己満足かもしれないが、改めてお礼を言いたい。

(ブレーメン大島=毎週土曜日に掲載)

【ブレーメン大島】小学生の頃からアイドル現場に通い、高校時代は『夕やけニャンニャン』に素人ながらレギュラーで出演。同番組の「夕ニャン大相撲」では元レスリング部のテクニックを駆使して、暴れまわった。高校卒業後は芸人、プロレスのリングアナウンサー、放送作家として活動。現在は「プロのアイドルヲタク」としてアイドルをメインに取材するほか、かつて広島カープの応援団にも所属していたほどの熱狂的ファンとしての顔や、自称日本で唯一の盆踊りヲタとしての顔を持つことから、全国を飛び回る生活を送っている。最近、気になるアイドルはNMB48の三田麻央。

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