【帰ってきたアイドル親衛隊】無意識に楽屋をノックしてしまった“素人共演者”の私をジューシィ・フルーツのメンバーは…

【帰ってきたアイドル親衛隊】無意識に楽屋をノックしてしまった“素人共演者”の私をジューシィ・フルーツのメンバーは…

(提供:リアルライブ)

 1980年6月にデビューしたジューシィ・フルーツが大好きだった。メインボーカルのイリアの歌声が可愛くて、その歌声を耳にした瞬間に惚れてしまった。イリアはファルセットによるウィスパーボイスで歌いきり、この時代では珍しい歌い方で、かなり特徴的だったと言える。そのイリアを含め4人でバンドは構成されていて、ベースの沖山優司とイリアのトークのやり取りも当時の楽しさでもあった。

 そんなジューシィ・フルーツだが、いきなりデビュー曲の『ジェニーはご機嫌ななめ』が大ヒットとなり、37万枚も売り上げた。もちろん『ザ・ベストテン』(TBS系)でも上位にランキングされていたので、いつも『ザ・ベストテン』の出入り待ちをしていた私も、きっといつか会えると思って待ってみることにした。何回かスタジオを出る姿を見かけることはあったのだが、近くに寄ることすらできなかったので、話をする以前の問題だった。

 デビューから売れまくり人気者になったジューシィ・フルーツだが、2曲目の『なみだ涙のカフェテラス』にも、さらに注目が集まった。というのもB面に収録されている『恋のベンチシート』という曲が名曲と言われ、表題曲だけの人気ではなく、B面を聞きたい人も急増して、ジューシィ・フルーツの人気を決定付けたと言っても過言ではない曲である。しかもこの曲をパロディにして、当時の漫才ブームで人気爆発だったザ・ぼんちが『恋のぼんちシート』として発売して、何と80万枚という驚異的な売り上げを記録した。後のザ・ぼんちは漫才師初の日本武道館コンサートを行った。

 ザ・ぼんちの話はまたの機会に詳しく話したいと思う。私とジューシィ・フルーツとの衝撃的な出会いが82年10月に訪れることになった。3か月で終わってしまった『ヤングTOUCH』(テレビ東京系)という夕方の帯番組があり、そこで素人がネタをやるコーナーがあって、私が出演することになった。その時の優勝商品がミノルタの一眼レフカメラのセットだったことで、アイドルファン的には現場で写真を撮るのには必須アイテムだったこともあり、必死でカメラを狙ってネタをやったのだが、優勝は逃してしまい、準優勝の高級双眼鏡をゲットした。

 カメラを貰えなくて悔しかったが、この時のゲストが、何とジューシィ・フルーツだった。この日は『夢見るシェルター人形』を歌ってくれたのだが、この曲はフランスの歌手フランス・ギャルのヒット曲でもある『夢見るシャンソン人形』のカバーであり、オリジナル曲は私の好きな曲だったこともあり、生で聞けたのが本当に嬉しかった。

 番組が終了するとネタで負けたことなんてすっかり忘れてしまい、ジューシィ・フルーツの余韻に浸っていた。スタジオの廊下を歩いていたのだが、ジューシィ・フルーツの楽屋の前を通り過ぎようとしたところ、私は無意識に楽屋をノックしていた。楽屋の中にいたメンバーたちは、こんな私を出迎えてくれて、色々と話をしてくれて、記念撮影までさせてくれた。今思うとスタッフに見つかったら怒られるだけでは済まされなかったんじゃないかと思うけど、結果的に見つからなかったので、すごく良い気分でスタジオを後にすることができた。

 しかしジューシィ・フルーツは84年に解散してしまい、約4年の活動にピリオドを打ってしまった。解散してからは大きな動きは無かったが、2009年にイリアとトシというオリジナルメンバーの2人を中心に再結成的な活動をスタートして、現在も精力的にライブ活動をしている。当時の素敵な歌声が今でも聞けるので、私も近いうちにライブを観に行きたいと思う。30年の月日を経て、イリアの歌声に癒されてきたいと思います。

(ブレーメン大島=毎週土曜日に掲載)

【ブレーメン大島】小学生の頃からアイドル現場に通い、高校時代は『夕やけニャンニャン』に素人ながらレギュラーで出演。同番組の「夕ニャン大相撲」では元レスリング部のテクニックを駆使して、暴れまわった。高校卒業後は芸人、プロレスのリングアナウンサー、放送作家として活動。現在は「プロのアイドルヲタク」としてアイドルをメインに取材するほか、かつて広島カープの応援団にも所属していたほどの熱狂的ファンとしての顔や、自称日本で唯一の盆踊りヲタとしての顔を持つことから、全国を飛び回る生活を送っている。最近、気になるアイドルはNMB48の三田麻央。

関連記事(外部サイト)