【帰ってきたアイドル親衛隊】 「スケバン刑事III」でのブレイクからトップアイドルとなった浅香唯

【帰ってきたアイドル親衛隊】 「スケバン刑事III」でのブレイクからトップアイドルとなった浅香唯

(提供:リアルライブ)

 美少女アイドルとして注目された浅香唯は、1985年6月に『夏少女』でデビューした。しかしデビューからほとんど注目もされることもなく、ヒット曲すら出なかった売れないアイドルだった。

 私がそんな浅香を知るキッカケとなったのが、85年に開催されたつくば万博の会場から放送していた生番組『EXPOスクランブル』(TBS系)でアシスタントを担当していた時だった。まだ歌手デビューをする前で、中学を卒業直後に宮崎県から上京してきたばかりの頃である。

 番組は平日の17時30分からの30分番組で、当時は『夕やけニャンニャン』(フジテレビ系)が裏番組で放送していたこともあり、かなりマイナーな番組だったと思う。しかし私は月曜日に大好きだったとんねるずがレギュラー出演していたことで、月曜のみ放送を見ていた。その番組で浅香の存在を知ることになり、気になる存在になっていった。この時に偶然だが高校の学校行事で、つくば万博に行くことになり、現地で収録ブースに行き、ステージ袖で待機していた浅香と初遭遇を果たすことになった。しかし本番直前でピリピリしている浅香と学校の団体行動を抜け出している私という微妙な状況だったこともあり、声を掛けることすらできなかった。悔しい気持ちを抱きながら帰ることになってしまった。

 そして番組がスタートして2か月くらい経った頃に、浅香はついに歌手デビューすることになるのだが、発売キャンペーンもあまりやらなかったり、歌番組に出演することも少なくて、知名度は上がることも無かった。

 ようやく浅香の名前が知られるようになったのは、86年10月からスタートしたドラマ『スケバン刑事III少女忍法伝奇』(フジテレビ系)の主演に抜擢された頃だろう。人気シリーズの3作目ということで、ようやく浅香唯という名前が世に知れた。同ドラマの主題歌となった『STAR』がオリコンチャート10位以内となり、6枚目のシングルにしてようやくアイドル歌手の仲間入りを果たした感じになった。そこからは出す曲は必ずヒットして、88年には同ドラマは『スケバン刑事・風間三姉妹の逆襲』と題して映画化までされた。この時に丸の内東映で、風間三姉妹の舞台挨拶があるということで観に行くことにした。初めて浅香を見たのがデビュー前だったので、成長した浅香が大舞台に立っている姿を見るだけで、涙が出てきそうになっていた。

 トップアイドルとして走ってきていた浅香は、90年以降は女優としての活動が中心になるのだが、91年に放送された連続ドラマ『ADブギ』(TBS系)で、私にとって大きな出来事が起きたのだ。このドラマには浅香はレギュラー出演していたのだが、最終回に何と私がチョイ役で出演しているのである。ほんのちょっとしかセリフはなく浅香との絡みもなかったが、スタジオで浅香と一緒になる機会があったので、そこで初めて浅香と会話をすることができた。私は時代劇の格好をしていたので、その容姿に興味を持ったみたいで、細かく説明する感じの会話で、プライベート的な要素はまったくなかったが、私に話し掛けてくれたことで満足だった。

 ドラマ終了後あたりで芸能界からの休業宣言があったり、何があったかは知らないが復帰にあたり「浅香唯」という名前での活動ではなく、本名の川崎亜紀で活動していたが、その後に浅香唯に戻って活動が再開された。2002年には結婚をして現在は母親でもあるが、舞台にドラマ、バラエティ番組と活動の幅を広げている。2015年にはデビュー30周年ライブを大西結花・中村由真とともに風間三姉妹としてコンサートを開催した。アイドル歌手としても往年の可愛さも健在なので、今度は浅香唯としてソロコンサートの開催も期待したい。おそらくそのソロコンサートを期待しているファンもかなり多いのではないかと思う。

【ブレーメン大島】
小学生の頃からアイドル現場に通い、高校時代は『夕やけニャンニャン』に素人ながらレギュラーで出演。同番組の「夕ニャン大相撲」では元レスリング部のテクニックを駆使して、暴れまわった。高校卒業後は芸人、プロレスのリングアナウンサー、放送作家として活動。現在は「プロのアイドルヲタク」としてアイドルをメインに取材するほか、かつて広島カープの応援団にも所属していたほどの熱狂的ファンとしての顔や、自称日本で唯一の盆踊りヲタとしての顔を持つことから、全国を飛び回る生活を送っている。最近、気になるアイドルはNMB48の三田麻央。

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