「フォークは嫌い」タモリと“冷戦”を繰り広げた小田和正<共演NG?【犬猿の仲】の有名人>

「フォークは嫌い」タモリと“冷戦”を繰り広げた小田和正<共演NG?【犬猿の仲】の有名人>

タモリ

 テレビ朝日系は、金曜午後7時〜10時のゴールデン帯を10月から一新する方向で調整中のようだ。『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』の同局2大看板アニメは、土曜日に移動。金曜の7時枠には、同9時台に放送中の『ザワつく!金曜日』を配置する。

 そして、長寿番組として金8枠で親しまれる『ミュージックステーション』は9時台に移動し、後釜に水曜深夜の『マツコ&有吉 かりそめ天国』がゴールデンに昇格。新たな船出を切ったテレ朝が、秋の改編で勝負を賭けた。

『ミュージックステーション』は、 1986年10月の番組開始以来、33年にわたって午後8時枠に鎮座し、生放送の音楽番組で“Mステ”の愛称で知られている。番組の初代メイン司会はタレントの関口宏が務めていたが、87年4月からは、タレントのタモリにバトンを引き継ぎ、以降、現在に至る。

 タモリは、「お笑いBIG3」の一人である。「お笑いBIG3」とは、日本のお笑い界のトップに君臨する3大お笑いスターのことであり、他にビートたけし、明石家さんまの3人を指す。中でも「共演NGが少ない」と言われるタモリだが、元オフコース・小田和正とは火花を散らし合った仲のようだ。

 事の発端は、約40年前にまでさかのぼる。タモリは、深夜放送が華やかだった70年代後半に、ラジオ『オールナイトニッポン』の毒舌パーソナリティーとして、当時の若者からカルト的な人気を博していた。毒を吐きまくる過激なトークが、周囲のDJとは一線を画していたという。

 タモリは、音楽界へと物申し、当時流行していた「ニューミュージック」について一刀両断したのだ。歌手・小田和正が参加していたグループ・オフコースについては、「見せかけの優しさ」だと糾弾。また、ある時は「フォークソングは暗くて嫌い」とバッサリ切った過去があった。

 やがて、タモリは“お茶の間の顔”へと華麗な変貌を遂げた。そんな中、1984年2月放送の『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の「テレフォンショッキング」のゲストに、小田が指名され出演したのだ。だが、この出演は火に油を注ぐこととなった。

 「顔を見合わせて気まずい雰囲気の両者の間には、何とも言えない緊張感を感じました。口火を切ったタモリは、『レコードお出しになった?』と小田に話を振りました。しかし、小田は『気に入らないと思いますけど』と、これまでのタモリの発言に応戦。観客も通常では考えられないほど静まり返り、その場は異様な空気が流れていた記憶があります」(芸能ライター)

 以降、両者は“共演NG”となり、長きにわたる“冷戦”状態が続いた。いつの間にか、両者の“犬猿”ぶりは浸透。だが、それから30年を目前とした頃、タモリが番組で重い口を開いた。

 2012年7月放送の『FNS27時間テレビ笑っていいとも!真夏の超団結特大号!!』(フジテレビ系)で、昔の“論争”について言及した。番組内で当時、小田が出演した『テレフォンショッキング』が、気まずい空気の放送となったことを取り上げ、VTRで紹介されたのだ。

 VTRを見たタモリは「(これまでの放送の中で一番)印象深いね〜、気まずいね〜(テレビで嫌いと公言していたから)」と振り返り、「あれ以来会ってないね」と苦笑した。

 そして、2015年2月、『タモリ、小田和正が和解成立』といったニュースがネット上を騒然とさせた。フジテレビ生野陽子、中村光宏両アナウンサーの披露宴に出席した両者は、握手を交わし、和解したとされている。

 「小田が披露宴前にタモリに歩み寄って握手を求め、タモリが式でのスピーチで『今日は小田さんに会えて良かった』と発言し、再び握手を交わしたそうです。ついに両者の冷戦は終止符を打ったと言われました」(芸能関係者)

 これまで小田は、『ミュージックステーション』への出演歴はない。新たな門出を迎える同番組に、いつの日か小田が出演することがあるのだろうか。ぜひとも両者の共演を期待したい。

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