小室哲哉「一番嬉しい売れ方のスタイル」と語る、ダブルミリオンを記録した大ヒット曲とは?

松任谷由実がパーソナリティをつとめるTOKYO FMの番組「Yuming Chord」(毎週金曜11:00~11:30)。7月1日、8日(金)の放送では、「Yuming 50th Anniversary Special対談」と題して2週にわたり小室哲哉さんをゲストに迎えてお届けました。ユーミンと小室さんの対談は11年ぶりとなります。ミュージシャン同士ならではの深い音楽談義から、今だからこそ話せる話まで、たっぷりとお届けしました。

この記事では、7月1日(金)放送の模様を紹介。ここでは、音楽におけるプロデュースやプロモーションについて語り合いました。

松任谷由実、小室哲哉さん



ユーミン:私の場合はずっとアルバム・アーティストという形でやってきて、シングルはそんなに出してないんですよ。私の「ヒット曲」って、後で言ってもらうケースが多くて。小室さんは、もろ“ヒットメーカー”として90年代を駆け抜けたわけじゃないですか。そのとき、(ヒットメーカーであることに対する)意義とか思った?

小室:もともとTM NETWORKはグループなんですけど、一応、ジャケットとかにも必ず「Produced by Tetsuya Komuro」みたいに表記させてもらっていたんですけど、憧れていたのが、洋楽でもプロデューサーだったんですよね。

トッド・ラングレンとか、トレヴァー・ホーンとか、プロデューサーに憧れていたので、どこかで一度、ちょっとグループをお休みして、プロデュース業に専念したいと思って、90年代の頭から(徐々にプロデュース業に活動をシフトして)、94年に完全にお休みをさせてもらって。「プロデュース業に専念しよう」っていう感じになったんですけれども、とある番組で「小室くん、いるんだったら出なきゃダメだよ」とか言われて、いきなり生で(番組に)出演させられたんですよ。そこからまた崩壊してしまったんです。

ユーミン:“プロデュースの人”から?

小室:“オン・ステージから、ようやくオフ・ステージの人になった”って勝手に思っていたのに、また引き戻されて、オン・ステージになってしまって。そこから両方やらなきゃならなくなってしまって。

ユーミン:でも、両方やることで「プロデューサー」という立場が脚光を浴びるようになるわけじゃないですか。てっちゃんの功績です。

小室:“仕上げることの責任”っていうのもあって。ただ曲を作って「はい、あとお願いね」とか、歌詞も「これ書いたからお願いね」でよかったものが、プロデューサーは頭から終わりまで、それこそ納品まで全部1人で見なきゃいけなかったりする。“全方位チェックしなければいけない”っていうことの恐ろしさというか……当たり前にやっていましたけど、すごい量をやっていましたね。

ユーミン:J-POPにダンスミュージックを持ち込んで大衆化したのが「小室サウンド」と言えると思うんだけど。

小室:その前に、ユーミンのアルバムは、毎回リリースされる直前まで、テレビとかラジオとか街中とかいろんなところでプロモーションが展開されて、“アルバムなんだけど、すごい商品を売るんだな”という感じの現象を見ていて。

その(大々的なプロモーションの)結果として、例えば「ユーミンだったら必ずミリオン(100万枚)を達成しなければいけない」という使命がある、というか……。

ユーミン:「アルバムアーティストだ」っていう誇りを持って、「クオリティーを落とさないぞ!」というところにしがみついていましたね(笑)。“しがみつく”というか、作るときは楽しいんだけど、いったん外に出て行くと風圧はすごく受けますよね。てっちゃんも、“風圧対象”じゃん(笑)。

小室:まあ、そうですね。風に乗っているのかなと思いきや全然違っていて、“竜巻に巻き込まれる”みたいな感じになっていたので、何も逆らえなかったですね。「春よ、来い」だったかな? ミリオンいきましたよね。

ユーミン:そうですね。数字的には1回下がりかかったときに、高推移のところで再ブレイクした、みたいな時期ですね。

小室:あれも、良いミリオンの出方だなと。すごく素敵な(チャートの)上がり方だったことを覚えています。僕も、何曲かそういう“良い上がり方”をした曲があるんですけど。

ユーミン:てっちゃんの場合は、さまざまな人がいて、それぞれがヒットするわけじゃないですか。ご自身がパフォーマンスをするという形じゃなくても、そういう“良い売れ方”というのは、プロデューサーとして手応えを感じていた?

小室:感じていました。夏休みに、子ども向けのアニメ映画(「ストリートファイターII MOVIE」)の主題歌(「恋しさと せつなさと 心強さと」)を作って。それは、(歌ったのは)篠原涼子さんだったんですけど、みんなが映画を観て、エンドロールまで聴き終わったら、帰りにパパやママに「(CDを)買って」って言って、買ってくれて。

初回の枚数が2万~3万枚ぐらいだったんですけど、それが子どもたちのおかげで最終的に1位になって、200万枚までいったという。僕はそれが一番嬉しい売れ方のスタイルでしたね。アメリカっぽいというか、ビルボードっぽいというか(笑)。

ユーミン:私が初めて、てっちゃんのサウンドに逢って衝撃だったのは、用賀中町通り(東京・世田谷区)の大きいTSUTAYAに行ったら、(TRFの)「BOY MEETS GIRL」がかかっていたんですよ。“なんだ、これは!”と思って。

小室:どこをそう思ったんですか?

ユーミン:あのね、「どこが」って言えないところが、やっぱりヒット曲のマジックですね。


*  

デビュー50周年記念企画の1つで、ユーミンの人気曲のタイトルが6人の作家によって新たなストーリーへと生まれ変わったトリビュート小説集「Yuming Tribute Stories」(新潮社)は、現在好評発売中です。

また、12月8日(木)からは「松任谷由実展」(仮称)の開催が決定しました。詳細は順次、公式Webサイト、SNSで発表予定ですので、ぜひチェックしてください!

<番組概要>
番組名:Yuming Chord
放送日時:毎週金曜11:00~11:30
パーソナリティ:松任谷由実
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/yuming

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?