パパイヤ鈴木「渡辺満里奈は一番よくレッスンしていましたね」“振付師”になることを決意した出来事とは?

TOKYO FMで月曜から木曜の深夜1時に放送の“ラジオの中のBAR”「TOKYO SPEAKEASY」。3月6日(月)のお客様は、パパイヤ鈴木さんと日髙のり子さん。ここでは、パパイヤ鈴木さんが振付師になった経緯について振り返りました。

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(左から)日髙のり子さん、パパイヤ鈴木さん


◆20歳で振付師の道に!

パパイヤ鈴木:僕は19歳でレコード会社と契約して入ったんですけど、結局自分たちは鳴かず飛ばずで。

日髙:自分たち?

パパイヤ鈴木:グループで活動していたんですよ。それで、20歳になったときに「ダンスができるんだったら、教えることはできる?」と言われたんです。

日髙:そうなんだ! どんな歌を歌っていたの? アイドルっぽい感じ?

パパイヤ鈴木:ロックっぽい曲でしたね。それもわりといいところまでいって、実は昔で言う「ポプコン(ヤマハポピュラーソングコンテスト)」で金賞をもらって、世界大会にも出場したことがあって。それで、レコード会社に入る流れになったんですよ。

日髙:曲は自分たちで作って?

パパイヤ鈴木:そうです。

日髙:すごいじゃないですか!

*   *   *

パパイヤ鈴木:結局20歳で振付師になったんですけど、それはそれで良かったと思っています。上司の人から「タレントとして背中を押してもらうのと、スタッフとして人の背中を押す満足感は、大して変わらないよ」と。

そう言われたときは、芸能界を辞めさせようとする大人の嘘だと思っていたんですよ(笑)。だけど、振り付けを始めたら、えらく褒められましたね。

日髙:そうなんですね! その頃の振付の先生って、西条満先生とか一の宮はじめ先生?

パパイヤ鈴木:そうですね。その方々とは別のレコード会社(担当)で、私はソニーのタレントさんにダンスのレッスンと振付をしていました。

日髙:えっ!? 私、デビューしたときはソニーだったんですよ!

パパイヤ鈴木:えっ!? 本当ですか?

日髙:私がもうちょっと年下だったら(パパイヤさんに)振付してもらっていた可能性もあったかもしれないですね(笑)。当時は、どういう方たちに振付をされていたんですか?

パパイヤ鈴木:ソニーのアーティストとか、あとはアイドルの子ですね、おニャン子クラブの子とか。渡辺満里奈は一番よくレッスンをしていましたね。

日髙:へえ!

パパイヤ鈴木:あの子がおニャン子クラブのオーディションを受けたときにタップダンスをやったんですけど、それは僕が教えたんですよ。

日髙:そうなんだ!

パパイヤ鈴木:ただ曲が、吉川晃司の「You Gotta Chance~ダンスで夏を抱きしめて~」で、それに合わせてタップをしたんです(笑)。「なんでその曲なの?」って聞いたら、上司の方が「この曲でやったら、面白くて覚えてもらえるんじゃないか」って。でも、それで合格しましたからね。

日髙:へぇ~、すごい!

パパイヤ鈴木:それで合格して、満里奈の知名度が世に広まっていったじゃないですか。それに、結構満足しちゃって。そこで“人の背中を押すことも悪くないな”って思ったんですよね。

日髙;面白い!

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<番組概要>
番組名:TOKYO SPEAKEASY
放送日時:毎週月-木曜 25:00~26:00
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/speakeasy/

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