引退決意から売れっ子手相芸人へ…島田秀平を変えた 和田アキ子“目からウロコ”の言葉とは?

引退決意から売れっ子手相芸人へ…島田秀平を変えた 和田アキ子“目からウロコ”の言葉とは?

引退決意から売れっ子手相芸人へ…島田秀平を変えた 和田アキ子“目からウロコ”の言葉とは?

放送作家の高須光聖が、世の中をもっと面白くするためにゲストと空想し、勝手に企画を提案していくTOKYO FMの番組「空想メディア」。10月13日(日)の放送では、手相芸人の島田秀平さんが登場しました。


(左から)島田秀平さん、高須光聖


◆カウンセラーを諦めた理由

高須:芸人になろうと強く思ったのは、なんで? プロでっていうのも、ちょっと怖いじゃん。

島田:本当は僕、カウンセラーになりたかったんですよ。心理学が大好きで。そういう勉強もして、大学も(その方向に行くと)決めてたんですけれど、高2のときに父親がガンになって亡くなっちゃったんですよ。

そのときに、家族に対してカウンセラーが来たんですね。そのカウンセラーさんが、自分のなかでちょっと……。機械的というか、“なんでこんなに冷たいんだろう?”ってショックを受けちゃって。

カウンセラーで人を元気にしたいと思ってたんですけど、並行してやっていたお笑いも“あっ、みんな元気になってるじゃん!”って。だったら、こっちのほうがみんなを元気にできるんじゃないかってことで、お笑いに一気に傾いたっていう。

高須:すごい、いい理由やね。

島田:そんなことはないんですけどね(笑)。

◆“キャラがない”ことで人気が下降?

高須:プロの芸人になって、頑張るわけやんか。「爆笑オンエアバトル」も出て、“グワーッ”と上がってきて、“行くぞー!”ってことはなかったの?

島田:わりとオンバトは初期から出させていただいてたんですよ。そしたら営業とかもすぐに呼んでもらえて、わりと(飯を)食えちゃったりしたんですけど、そこから緩やかな下降が始まっていくんですよね。今思うと、ただただ漫才をやっていただけなので、何のキャラクターもなかった。

高須:自分たちじゃないとできないネタがなかったんだね。

島田:はい。あと、「こいつらにレポートやらせたい」「このネタだったら、こいつら」ってのが、なかったですね。

高須:でも、その頃はわからへんもんね。

島田:ただただ“面白いネタを作ればいいんだろう”って思ってましたけど。今思うと……。

高須:そうなのよね。ちょっとずつ視野が広がってわかってくるのよね。

◆和田アキ子の言葉に一念発起!

高須:(コンビを解散して)1人になってから、不安じゃん?

島田:本当は僕、辞めようと思ってたんです。相方がネタを作ってたんで、僕1人じゃ何もできないと思って。

高須:“もう無理や”と思って? どう思ったん?

島田:(所属事務所が)ホリプロで、一番先輩の和田アキ子さんによくお世話になってたので、「辞めます」って報告しに行ったんです。番組のロケでいつもお世話になってたので、そのロケバスのなかで。

「こういう理由で、足洗って長野の実家に帰ろうと思います」って言ったら、「そうか」と返されると思ったのに、「せっかく10年もやったのに、もったいなくないか? だったら、せめてあと1年だけ頑張れや」って。

そのときに、芸能界は1個だと飽きられちゃうから、「島田、何か2個! 2個頑張って、年末に報告しに来い!」って言われたんです。

高須:すげぇ。すげぇなぁ……。

島田:そうアッコさんに言われてから、初めて自分の内側を“俺って何ができるんだろう?”って考えたときに、趣味でやってた手相と、昔から怪談とか都市伝説が好きで、ノートにいっぱい書き溜めてたことが出てきたんですね。それで“この2つを徹底的に勉強しよう”と思って。

今まで、“お笑いで面白くなりたい、売れたい”って思ってたんですけど、何をやったらいいかとか、何に一生懸命取り組めばいいかってよくわかってなかったんです。このときに初めて、ピタっと“この2個を頑張る”ってわかったんですよね。

そしたらそれが仕事になってきて、年末に(和田アキ子さんに)報告しに行ったら「見とったぞ。よく頑張ったな。おめでとう」って言ってもらえて。

<番組概要>
タイトル:空想メディア
放送日時:毎週日曜 25:00〜25:29
パーソナリティ:高須光聖
番組HP: https://www.facebook.com/QUUSOOMEDIA/

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