意外と知られていない!? たらこスパゲッティの発祥は…コラムニストが“渋谷の変遷”を解説

意外と知られていない!? たらこスパゲッティの発祥は…コラムニストが“渋谷の変遷”を解説

意外と知られていない!? たらこスパゲッティの発祥は…コラムニストが“渋谷の変遷”を解説

さまざまな趣味と娯楽の奥深い世界をご紹介するTOKYO FMの番組「ピートのふしぎなガレージ」。11月16日(土)放送のテーマは「渋谷」。コラムニストの泉麻人さんに「学生時代の渋谷の様子」について伺いました。
(TOKYO FM「ピートのふしぎなガレージ」2019年11月16日(土)放送より)

泉麻人さん



── 渋谷は昔からよく立ち寄っていたんですか?

学生時代は通り道だったので、学校帰りによく寄り道していました。そのころ、渋谷で栄えていたのは宮益坂と道玄坂。でも僕が高2のときに渋谷PARCOができて、公園通りが賑わっていったんです。

渋谷PARCOができる前は、公園通りに行く機会もあまりなく、高1のときに公園通りに行ったら、普通の家がけっこうあるなと思った記憶があります。

もちろん公園通りの山手教会は昔からありました。渋谷PARCOをプロデュースした増田通二さんは、教会のある坂道でスペインを思い浮かべて、そこに渋谷PARCOを造ろうと思ったという話ですから。スペイン坂の由来もその辺の影響があると思います。それから渋谷公会堂に上っていく右側にはスパゲッティ専門店「洋麺屋五右衛門」の1号店があったり、「壁の穴」も渋谷だったりしたので、たらこスパゲッティは渋谷が原点かもしれませんね(笑)。

── 渋谷が若者の街になっていったのはどうしてですか?

学生運動のころは若者の街といえば新宿でした。紀伊國屋書店、アートシアターギルドなど、学生運動に直結した文化が新宿にはあったんです。そういう風土が渋谷は希薄だったので、ノンポリの人が集まりやすかったのでしょう。そもそも渋谷は戦後の恋文横丁の時代からラブの街でしたし、百軒店は昭和30年代の前半にジャズ喫茶の密集地でした。そんな遊び人の街みたいな経緯はあったんです。

ちなみに渋谷駅前の交差点は、僕が大学生のときにはスクランブルになっていたと思います。1977年くらいに荒木由美子というホリプロの新人が「渚でクロス」という曲でデビューしたんですが、その歌い出しが“スクランブル交差点で……”ですから。

── 昔の渋谷と言えば、どこを思い出しますか?

8階に「五島プラネタリウム」があった東急文化会館ですね。エスカレーターに乗るとツーンと香の匂いがして、5階の映画館「渋谷東急」に行く途中でその匂いを嗅がされたものです。開業当時のフロアマップを見ると、2〜3階のお店はほとんど銀座の老舗の支店。そのどこかから漂ってきた匂いなのでしょうが、銀座線でつながっている街として銀座の老舗が渋谷に支店を出したのかもしれません。

それから渋谷と言えば僕たちは雀荘でした。学校からちょっと離れたところでやりたいので、宮益坂の裏あたりの雀荘に通ったんです。明治通り沿いの「シブヤボウリング」が入っているビルは、昔は下に大きな雀荘があって、上からボウリングの音が響いてくるなかで麻雀をやっていたのを思い出します。

TOKYO FMの「ピートのふしぎなガレージ」は、《サーフィン》《俳句》《ラジコン》《釣り》《バーベキュー》などなど、さまざまな趣味と娯楽の奥深い世界をご紹介している番組。案内役は、街のはずれの洋館に住む宇宙人(!)の博士。彼のガレージをたまたま訪れた今どきの若者・シンイチと、その飼い猫のピートを時空を超える「便利カー」に乗せて、専門家による最新情報や、歴史に残るシーンを紹介します。

<番組概要>
番組名:ピートのふしぎなガレージ
放送エリア:TOKYO FMをはじめとする、JFN全国37局ネット
放送日時:TOKYO FMは毎週土曜17:00〜17:50(JFN各局の放送時間は番組Webサイトでご確認ください)
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/garage

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