村上春樹「ドーナツは、たとえ何があろうと、何が起ころうと、世の中には絶対に必要」

村上春樹「ドーナツは、たとえ何があろうと、何が起ころうと、世の中には絶対に必要」

村上春樹「ドーナツは、たとえ何があろうと、何が起ころうと、世の中には絶対に必要」

作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMの緊急特別番組「村上RADIO ステイホームスペシャル 〜明るいあしたを迎えるための音楽」が、5月22日(金)に放送されました。

「村上RADIO」シリーズの「緊急特別版」となる本番組は、「新型コロナウイルスをめぐる厳しい状況やつらい気持ちを、音楽の力で少しでも吹き飛ばせたら……」という村上さんの思いに応えて立ち上がった企画。約2時間にわたり、村上さんが選曲した楽曲やリスナーから寄せられたメッセージを紹介しました。本記事では、番組リスナーから寄せられた「いま、村上春樹さんと語りたいこと」「村上春樹さんと考えたいこと」に関するメッセージを紹介します。



<リスナーからのメッセージ>40代・女性
感染拡大後、一番変わったことは、常に「自分が大切にしたいものはなんだろう」と問われている気がしていることです。今できること、できないことは関係なく。人やもの、趣味、すべてにおいて。村上さんはどうですか?

<村上さんのコメント>
コロナウイルスのせいで、僕らの日常生活にはいろんな変化がありましたよね。大きな変化から小さな変化まで。僕の生活にも変化はありました。大きな変化について話すのはけっこう大変なので、小さなことを話しますね。僕はここのところなぜか、万年筆とインクを使って字を書くようになりました。もう20年くらい使っていなかった万年筆をひきだしの奥から引っ張り出しきて、新しいインクを買って、字を書いています。すると、なんだか気分がいいんです。ああ、字ってこういうものだったよな、みたいな懐かしさを感じます。だから、あなたもそういう日常生活における「小さな変化」を、リストアップしてみるといいと思いますよ。そうすれば、あるいは「大きな変化」も見えてくるかもしれません。

*  *  *

<リスナーからのメッセージ>60代・女性
コロナ自粛生活で休校が続き、夜更かしもできるので、読書三昧です。久しぶりにカミュの「ペスト」を読み直しています。春樹さんは「ペスト」はいかがですか?

<村上さんのコメント>
僕は高校時代に「ペスト」を読みました。昔の文学青年は、みんなカミュを読んでましたね。今はあまり読まなくなったみたいだけど、このコロナウイルスのおかげでというか、再び読まれるようになったみたいです。僕は今、ガルシア・マルケスの「コレラの時代の愛」を再読しています。こういうことでもなければ二度目を読むことはなかったかもしれないですね。異様なほど激しい愛の物語です。これ、面白いですよ。

*  *  *

<リスナーからのメッセージ>50代・男性
休業要請のため、2週間ショッピングセンター内のドーナツ・ショップを休店していました。不要不急かといわれると、別に食べなくても、自粛生活には支障はないですよね、ドーナツは。ドーナツの穴だけでもショーケースに並べられたら、面白い「無」の陳列になったかもしれません。今は時間短縮ながら、営業を再開し、ドーナツ作って、仕事終わりにビールを飲んでいます。小確幸です。

<村上さんのコメント>
ドーナツ、たとえ何があろうと、何が起ころうと、世の中には絶対に必要なものですよね。ドーナツ本体ももちろん素敵ですけど、「ドーナツの穴」という無の比喩も社会には欠かせません。ドーナツはいろんな意味で、世界を癒やします。がんばってドーナツを作り続けてください。僕は常に、ドーナツ・ショップの味方です

*  *  *

<リスナーからのメッセージ>40代・女性
子どもの保育園が休園となり、旦那と交互に出勤しています。野球もないし、買い物も必要最低限でつまらない。村上さんの最近の楽しみを教えて下さい。

<村上さんのコメント>
はい、うん、野球ねえ……うちには昔の試合をビデオにとったものがけっこうありまして、それを一つひとつ観なおしています。僕の場合、ほとんどヤクルトスワローズの試合なんですが、野村監督の下でリーグ優勝を決めた試合とか、池山の引退試合とか、観ていると懐かしいです。それからうちにはレーザーディスクがまだけっこうあるんです。このあいだは、ゴダールの作品を何本かまとめて観ました。バック・トゥー・ザ・1960’sみたいでなかなかよかったですよ。

<リスナーからのメッセージ>60代・女性
コロナ騒ぎ以来、よくできたSF映画のなかにいるような気がしてなりません。どこかでポイントが切り替わってしまったのでしょうか? 最近、認知症の母がさかんに「家のなかで小さな子どもが走り回っている」とか「小人の軍隊が行進している」と言うようになりました。最初は取り合わなかった私も、もしかしたらリトル・ピープルのことかもしれないと思い始めています。世界は変わろうとしているのでしょうか?

<村上さんのコメント>
うーん、そうですか、リトル・ピープル、出てますか。なかなか怖いですよね。お母さん、世界の変貌を微妙に先取りしているのかもしれないですね。でもね、小説家がやっているのも、だいたいそれと同じようなことなんです。状況の変化にあわせて、普通の人が見えないものを、あるいは見ないようにしているものを、めざとく見つけてそれを文章にし、物語にすること。そういうのが小説家の大事な役目です。お母さんによろしくお伝えください。

<リスナーからのメッセージ>50代・男性
春樹さんこんばんは。私は今、キプロスの日本食レストランで単身赴任で働いています。とはいえ、国がロックダウンしてしまい、仕事もなく、かといって家族のもとにも帰ることもできず、ただ日々悶々と過ごしています。ビーチはもう夏真っ盛りですが、ツーリストもいないので、餌の目当てをなくした野良猫たちと、ときどき慰め合っています。

<村上さんのコメント>
そうですか、ロックダウンしたキプロスにおられるんだ。大変ですねえ。ロックダウン下ではありませんが、僕もギリシャの島で冬を過ごしたことがあります。観光客はいないし、店はみんな閉まっちゃうし、猫と遊ぶしかやることがないんですよね。でも猫がいるだけでラッキーなんだと思ってください。猫はいろんなことを人に教えてくれます。

関連記事(外部サイト)