変わり続ける東京の街――さよなら、上野こども遊園地

変わり続ける東京の街――さよなら、上野こども遊園地

変わり続ける東京の街――さよなら、上野こども遊園地

今年8月いっぱいで閉園することになった、東京・上野動物園に併設する「上野こども遊園地」。子どもを上野動物園に連れて行くと、必ずその前にある小さな遊園地に入りたがってしまうという経験がある方もいるのではないでしょうか。形のあるものがなくなるのは仕方ないですが、やはり切なさもあります。今回は「上野こども遊園地」の70年の歴史を振り返ります。


変わり続ける東京の街――さよなら、上野こども遊園地



変わり続ける東京の街。
その変化に私たちは、ときにワクワクし、ときに寂しさを感じます。
昔懐かしい建物が思い出と共に消えてゆく、そんな出来事がつい最近もありました。
8月末で閉園した「上野こども遊園地」です。

上野動物園・正門の横にあった「上野こども遊園地」がオープンしたのは、今から70年前。
昭和21年、空襲で焼け野原となった東京で、「子どもたちに夢を」との願いから、現在の運営会社社長である西村真一さんのおじいさんが作ったそうです。

機械仕掛けの遊具たちに「のりもの券」を購入して乗るスタイルは、昔から変わりません。
入場料無料で、乗物も大人・子ども共通で当時は1回20円。
メリーゴーランド、ジープライド、飛行船といったレトロな乗り物、そして現在ではその隙間を埋めるように、ドラえもんやアンパンマンなどのキャラクター遊具が置かれていました。

初期に作られた遊具たちは年季が入ったものですが、70年間、一度も事故を起こしたことはないのだそうです。
それもそのはず、制作を担当したのは、もともと造船業を行っていた会社で、ひとつひとつすべてが型から手作りだったとのこと。
小さな子が乗っても安心なように、しっかりと作られていたんですね。

ぐるぐると回りながら上下に移動する「空飛ぶぞうさん」は、上野動物園で大人気だったゾウ「インディラ」がモデル。
戦後、インディラが亡くなったときに、思い出として作られたのだそう。
経営状態は常に上々。
まだまだ娯楽が少ない時代、動物園と共に子どもたちにたくさんの夢を与えたのでしょう。
近年も、若者や外国人観光客などで賑わっていたそうです。

胸の奥にしまっていた、子ども時代のときめき。
どこかに置き忘れた遠い記憶の断片が、ふと蘇るような不思議な場所。
70年間夢を与えてくれた「上野こども遊園地」に、ありがとうと言いたいですね。

文/岡本清香


TOKYO FM「シンクロのシティ」にて毎日お送りしているコーナー「トウキョウハナコマチ」。江戸から現代まで、東京の土地の歴史にまつわる数々のエピソードをご紹介しています。今回の読み物は「さよなら、上野こども遊園地」として、9月13日に放送しました。


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<番組概要>
番組名:「シンクロのシティ」
放送日時 :毎週月〜木曜15:00〜16:50
パーソナリティ:堀内貴之、MIO
番組Webサイト:http://www.tfm.co.jp/city/

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