元NHKアナ・刈屋富士雄、アテネ五輪での名実況「栄光への架け橋だ!」の裏で8年間温めていた言葉とは?

藤木直人、高見侑里がパーソナリティをつとめ、アスリートやスポーツに情熱を注ぐ人たちの挑戦、勝利にかける熱いビートに肉迫するTOKYO FMの番組「TOYOTA Athlete Beat」。2月13日(土)の放送では、元NHKアナウンサーの刈屋富士雄さんをゲストに迎え、お届けしました。


(左から)刈屋富士雄さん、藤木直人、高見侑里



刈屋さんは早稲田大学を卒業後、1983年にNHKに入局。スポーツアナウンサーとしてさまざまな競技の実況を担当し、オリンピックは1992年のバルセロナ大会から2010年のバンクーバー冬季大会まで、8大会にわたり現地から実況しました。なかでも、2004年アテネ大会の体操男子団体決勝での「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」という言葉は、スポーツ実況史上に残る名実況として人々の記憶に残っています。

2020年にNHKを定年退職し、現在は、立飛ホールディングス執行役員スポーツプロデューサーをつとめています。

◆衝撃を受けたオリンピックでのワンシーン
藤木:大学時代は、バリバリの体育会系だったとか?

刈屋:そうですね(苦笑)。ボート部だったんですよ。隅田川で「早慶レガッタ」も出ていましたよ。

藤木:大学のときに“そのままアスリートとして”とは思わなかったですか?

刈屋:思わなかったですね。やっぱり世界との差がかなり大きいことと、“スポーツの、特にオリンピックの報道をしたい!”という夢をずっと持っていたんです。

藤木:そうなんですね。

刈屋:小学生のときに観た1968年メキシコシティーオリンピックの衝撃がかなりあって。1番衝撃を受けたのは、男子陸上の200mで金メダルと銅メダルを獲った、トミー・スミス(アメリカ)とジョン・カーロス(アメリカ)という選手が、最も栄光を称えられるはずの国歌が流れて星条旗があがるときに、(下を向いて)無視したんですよね。そして黒い手袋をして(握り拳を突き上げて)抗議をしたんです。“人種差別に反対だ、なくそう”ということを世界にアピールしたんですよ。

藤木:はい。

刈屋:(当時の)アメリカでは、もうそういう人種差別はなくなって“自由で平等だ”ということを、1960年代にずっと外に向けて宣伝していたんですけど、実際はアメリカ国内ではまだ人種差別がひどかったと。それを黒人の選手たちが“世界に向けてアピールしよう”とやってきて、(実際に)金と銅を獲って、絶対にカットされない、国歌が流れるところでやったんですよね。

もちろんオリンピックの政治利用は禁止されていますから、その後スポーツ界から追放されてしまうんですけど、それを観たときに子ども心ながら“オリンピックというのは、そこから世界や時代が見えるし、追い込まれた人間の本質が見えるんだな”と思って。それで“報道をしたい”という夢が高校ぐらいの頃から固まりました。

藤木:夢だったオリンピックの実況を最初にしたときは、感動だったんじゃないですか?

刈屋:感動しましたね。最初は1992年のバルセロナオリンピックだったんですけど、実況をしていて本当に“夢が叶ったな”と思ったのは2004年アテネオリンピックで、体操の男子団体決勝で金メダルが決まる瞬間を「栄光への架け橋だ!」と実況したときですね。放送が終わって、大きな体育館の天井を見上げながら、“あぁ、夢が叶ったな……”と思いました。

◆名言「栄光への架け橋だ!」の舞台裏
藤木:その後、日本に帰ってきてから、あまりの反響の大きさに驚いたんじゃないですか?

刈屋:驚きました。帰ってきてすぐに受けた質問が、「いつ(実況のセリフを)考えたの?」という質問で。あれからもう17年経ちますけど、ずっとその質問ばっかりです(苦笑)。

藤木:今日も聞こうと思っていたんですけど(苦笑)。

刈屋:僕は、フレーズとか言葉っていうのは考えないんですよ。

藤木:でも、「栄光の架橋」(ゆず)はNHKさんのアテネオリンピックの公式テーマソングだったわけですよね?

刈屋:だから「それを考えていたんじゃないか」って言われますけど、全然違うんですよ。確かに「栄光の架橋」はNHKのアテネオリンピックの応援ソングだったんですけど、歌詞を読むと“栄光を称える歌”ではなくて、“とんでもない挫折を味わってそこから復活していく歌”なんですよ。だから、体操の選手たちを取材でずっと追っていても、みんなかなり苦しい思いをして、そこから復活しているんですよね。だから、あの歌詞と選手たちはダブるんです。そのダブった記憶というのが僕のなかにあるんです。

藤木:なるほど。

刈屋:それから、冨田(洋之)選手が鉄棒から降りるところを、僕は下から、首を右から左に振るような形で何度も見ていたんです。そしてそれが“なんだか橋みたいだなぁ”という記憶があって。そして予選が終わった後、決勝の冨田選手が最後の演技者になるとわかったときに、“もし銅メダルを獲ったときには「復活」という言葉が使えるのかな”ってずっと考えていました。

体操ニッポンは、過去20年間ずっと王座だったんですよ。それを(1980年モスクワオリンピックの)ボイコットによって失って、それ以降取り返せないでいたという経緯があるんです。

藤木:はい。

刈屋:体操関係者に「銅メダルだったら(復活と言えるか)?」と聞いたら、みんな「そんなの(銅メダル)では復活とは言えない」って言うし。でも、ほかのスポーツ関係者は「2大会でメダルを失っているわけで、しかも2大会前は惨敗を喫している。だから銅メダルは“復活”じゃないの?」ということで、1日悩んだんですよ。

“勝ち判断(メダル獲得)”のラインをどこに引くかってことさえ決まれば、あとは取材してきたことや現場の雰囲気で。僕は40代だったので、その頃は言葉が星のように降ってきましたね。特に自分が10年ぐらい取材しているものは、次々と言葉が浮かんできて。

藤木:へぇ〜!

刈屋:そういうことが断片的にあるなかで、(大会中に)奇跡が3つ起きるんですよ。まず、絶対的に金メダル候補だった中国の脱落。最後の種目で、競っていたルーマニアの鉄棒のエースが落下。そして、アメリカの絶対的エースが大きなミスをする。それらが重なって、最後の冨田選手のところで“8.962”という数字を見たんですよ。

藤木:それ以上の点数を出せば金メダルだと。

刈屋:その前の鹿島(丈博)選手のときに、前の日に考えていた「復活」っていう言葉が浮かんできて。“これは冨田選手が演技を終えたときには、もうメダルは間違いないから「復活の架け橋」って言えるな”っていうのが頭に降ってきました。そして最後の冨田選手のときの“8.962”という数字を見たときに“勝った! これは、演技の途中で決まる”と思って(笑)。

藤木:“金メダルいくぞ!”と。

刈屋:当時は、加点していって、そこから減点していくので、もし9.8まで加点して降りれば、着地で大失敗しても9.1〜9.2台なんですよ。だから8.962は超えるので、“これはもうコールマン(鉄棒の技名)を成功した時点で金メダルだ!”と。

だから、“「栄光への架け橋」にしよう!”と思ったのは、8.962という数字を見たときです。そして“コールマンが決まったら絶対に言おう”と。ですから、「日本のみなさん、金メダルを獲りましたよ!」という思いで、あのタイミングで言ったんですよ。

「点数が出ていないのに何を言っているんだ!」って人たちもいっぱいいましたけど、でも計算上ではあそこで金は確実だったんですよね。だからあえて言ったんです。点数が出ないとわからなかったり、点差が9.2ぐらいだったら言っていないです。


刈屋富士雄さん



◆「日本が金メダルを取り戻したときは…」
高見:それこそ、用意していた言葉だったらハマらなかった状況ですよね。

刈屋:ハマらないと思いますね。一つひとつの選手の動きで、会場の空気が動くんですよ。それぐらい濃密ななかで、やっぱりその瞬間の言葉じゃないと無理ですね。あてはまらない。だから、点数が出た後に言える言葉はあてはまるんですよ。“金だったらこういうことを言おう”と。だから僕は、「体操ニッポン、日はまた昇りました」という言葉だけ用意していたんです。

藤木:そうやって事前に用意している言葉もあると。

刈屋:用意することはあまりないんですけど、なぜこれを用意していたのかというと、8年前のアトランタ大会で惨敗したときに、旧ソビエトのコーチが、僕の前を通り過ぎて行くときに「体操ニッポンの日は完全に沈んだ」って言ったんですよ。

藤木:わざわざ!?

刈屋:はい。それで“もし日本が金メダルを取り戻したときには「体操ニッポン、日はまた昇りました」と言おう”と思って。8年間も温めていたんです(笑)。

藤木:ずっと心のなかに秘めて(笑)。

刈屋:だから、その言葉だけは付箋に書いて忘れないようにしていました。でもあれは、冨田選手が着地をピタッと止めてくれたから伝わった言葉です。あそこでもし着地で乱れていたら、僕が言ったコメントはたぶん誰も聞いてないと思います。テレビやラジオで“伝わる”っていうのは、そういうことだと思うんですよね。タイミングです。

次回2月20日(土)の放送も、引き続き刈屋さんをゲストに迎え、お届けします。どうぞお楽しみに!

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聴取期限 2021年2月21日(日) AM 4:59 まで
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<番組概要>
番組名:TOYOTA Athlete Beat
放送日時:毎週土曜 10:00〜10:50
パーソナリティ:藤木直人、高見侑里
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/beat/

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