【誰かに教えたくなる話】ちょっぴり哀しい「お地蔵さんになった平蔵さん」の話

【誰かに教えたくなる話】ちょっぴり哀しい「お地蔵さんになった平蔵さん」の話

【誰かに教えたくなる話】ちょっぴり哀しい「お地蔵さんになった平蔵さん」の話

東京・品川区の「青物横丁」。京急本線にある駅で、品川にも大井町にも近くとても便利。
商店街もあり下町の風情もオツなこの町にまつわる、ちょっぴり哀しいお話です。



大都会の東京ですが、散歩していてよく出会うのが「お地蔵さん」。
地蔵菩薩はいたるところにあり、私たちの生活を見守っていますが、祀られるようになった理由はそれぞれです。
今日は、あるひとつの場所にあるお地蔵さんに注目してみようと思います。

品川区、青物横丁駅から徒歩2分のところにあるお寺「海雲寺」。
ここには、ひとつのお地蔵さんがあります。
そこに刻まれている文字は「平蔵地蔵尊」。
そう、このお地蔵さんは江戸に生きた「平蔵」という、ひとりの人物が祀られているのです。

時は江戸末期。
品川の鈴ヶ森刑場に、3人の番人がいました。
番人はみな貧しく、物乞いをしながら番人としても働いていたのです。
ある日、その中のひとりである「平蔵」という男が、大金を拾いました。
平蔵はとても正直者で、その大金を落とし主に返し、お礼にともらったお金も、あたり前のことをしただけと受け取りませんでした。

その話を聞いた2人の番人は激怒します。
お金を返さなければ3人とも乞食をやめられたのに、なんてことをしたんだと、2人は冬の寒い日に平蔵を自分たちの小屋から追い出し、凍死させてしまったのでした。

それを聞いたのが、お金の落とし主である若いお侍さん。
お侍さんはとても悲しみ、平蔵さんの遺体を引き取り、青物横丁の松並木のところに手厚く葬ったのです。
そしてさらに、土の上にお地蔵さんを置いて供養しました。

明治になり、京浜電車が開通することになったとき、その線路に地蔵尊の土地が重なってしまいます。
すると当時の海雲寺住職が、菩薩のような心を持つ平蔵を、社会のお手本にするべきだと、自分のお寺に引き取ったのだそう。

近くに来たときには、ちょっと思い出してみてください。
心の清らかな平蔵地蔵尊が、長い間、品川の地を見守り続けています。

文/岡本清香


TOKYO FM「シンクロのシティ」にて毎日お送りしているコーナー「トウキョウハナコマチ」。江戸から現代まで、東京の土地の歴史にまつわる数々のエピソードをご紹介しています。今回の読み物は「地蔵になった、平蔵」として、2015年5月21日に放送しました。

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<番組概要>
番組名:「シンクロのシティ」
放送日時 :毎週月〜木曜15:00〜16:50
パーソナリティ:堀内貴之、MIO
番組Webサイト:http://www.tfm.co.jp/city/

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