沖縄の女性たちが守り続ける伝統「芭蕉布」

沖縄の女性たちが守り続ける伝統「芭蕉布」

沖縄の女性たちが守り続ける伝統「芭蕉布」

「ボタニカル」=「植物」の力でキレイと元気を磨くをコンセプトにお届けしている、TOKYO FMの番組「NOEVIR BOTANICAL LIFE」。

7月28日の放送では、沖縄・大宜味村喜如嘉で作られる、「芭蕉布」を紹介しました。



芭蕉と芭蕉布
芭蕉はもともと薬や食用として沖縄で大切にされてきましたが、糸芭蕉から作られる糸で織られた芭蕉布は、夏の衣として沖縄や奄美で使用され、より品質の高いものは高貴な氏族の衣装としての歴史も持っています。現在では国の重要無形文化財に指定され、その素材感や美しい模様は、世界的にも高く評価されています。

糸芭蕉は自生のものもありますが、手をかけ、栽培することでより高品質の糸をとることができます。しかし、その手入れや収穫は女性には大変な重労働。3年で熟したものを選り分けて収穫し、皮の部分を剥ぎますが、外側から中心の部分まで、部位により異なる種類の糸がとれます。一番外側の緑の色が残る部分は「上皮」と呼ばれ座布団地やテーブルクロス用に、次の皮は帯やネクタイ用に、その次は一番上質な部分で着物の生地用に、最後の芯の部分は染色用として使われます。皮からとった繊維は木灰で煮て洗い、細く裂いていって不純物を取り除き、「糸」を取り出していきます。取り出された糸は1メートルしかなく、たとえば、着物の生地用であれば22,000回も繋ぐという、気の遠くなるような根気のいる手作業によって、やっと織りに適した1本の糸に仕上がるのです。

左:糸芭蕉から取り出された繊維 / 右:均一に繋がれた糸



歴史あるこの芭蕉布も、その手間のかかる製作過程が敬遠されて衰退し、戦後は生活様式の変化や化学繊維の普及で伝統が途絶えそうにさえなったそうです。この芭蕉布を復活させたのが、戦前より質の高い芭蕉布の産地として知られる大宜味村喜如嘉出身の一人の女性、平良敏子さんです。

平良敏子さんと芭蕉布との絆
平良敏子さんは第二次世界大戦中に沖縄から岡山県倉敷に女子挺身隊の一員として出向き、戦後、倉敷の紡績工場に就職します。ここで彼女を初めとする大宜味村喜如嘉出身者は、倉敷紡績社長・大原総一郎氏のすすめで織りや染めの基本を習い、改めて故郷、沖縄の芭蕉布の希少性や重要性を実感することとなります。柳宗悦の民藝運動にも強い影響を受け、やがて喜如嘉に帰郷して芭蕉布復興に尽力していくのです。



子どもの頃から生活の傍らにあった芭蕉布の魅力や素晴らしさを心から愛し、「私にはこれしかない」と自らに言い聞かせ、人一倍働いた平良敏子さん。自らが製作者となるだけでなく、地域の女性たちをまとめ、力を合わせて優れた工芸品としての芭蕉布を作りだしていきました。平良さんの存在があってこそ、芭蕉布は民芸品の品評会で高い評価を得、再びその名を世界に知らしめていったのです。平良さんは、96歳になった現在も、毎日工房で芭蕉布の糸を績(う)み続けています。



芭蕉布の未来のために
喜如嘉芭蕉布事業共同組合理事長であり、平良敏子さんの義娘である平良美恵子さんは、学べる施設「村立芭蕉布会館」を拠点に、芭蕉布の啓蒙活動に携わっています。芭蕉布の歴史的、社会的な評価は高まっているものの、実際の生活の中での芭蕉布の存在感が薄れていることや、芭蕉布作りに携わる女性の高齢化と後継者不足への危機感を強く感じています。

「芭蕉布は、素材も染めの原料もすべてが沖縄の自然にあるものから作り出される、いわば沖縄そのもの。そして、芭蕉の生い茂った山々の景色は沖縄の原風景。芭蕉布がなくなることは、その沖縄の原風景が失われること。その原風景を沖縄が失わないためにも芭蕉布を支える私たちが命をかけて頑張ることが大切なのです」。芭蕉布の畑を歩きながら平良美恵子さんは最後にそう語ってくださいました。



TOKYO FM「クロノス」では、毎週金曜日、8時38分から、毎週週替わりのテーマでボタニカルな暮らしを紹介する「NOEVIR BOTANICAL LIFE」をオンエア。次回8月4日の放送では、奥多摩町の「森林セラピー」を紹介します。

また、TOKYO FMで毎週土曜日、9時から放送しているノエビア「Color of Life」。7月は歌手、女優の薬師丸ひろ子さんを迎えてお届けしています。どうぞ、お聞き逃しなく。


<番組概要>
番組名:「NOEVIR BOTANICAL LIFE」
放送日時 :毎週金曜8:38〜8:43
ナビゲーター:高橋万里恵
番組Webサイト:http://www.tfm.co.jp/botanical/

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