この秋、サウダージな「ボサノヴァ」に癒やされてみませんか?

この秋、サウダージな「ボサノヴァ」に癒やされてみませんか?

この秋、サウダージな「ボサノヴァ」に癒やされてみませんか?

穏やかなギターの調べに囁くような歌声を乗せたボサノヴァは、ポルトガル語で懐かしさ、切なさ、届かぬ思い、人恋しさなどを意味する「サウダージ」に溢れています。今回はそんな「ボサノヴァ」の魅力を、TOKYO FMの番組の中で詳しい方々に教えてもらいました。
(TOKYO FM「ピートのふしぎなガレージ」9月17日放送より)


この秋、サウダージな「ボサノヴァ」に癒やされてみませんか?



◆「ボサノヴァのお父さんはサンバなんです」
〜歌手 小野リサさん

ボサノヴァで弾くヴィオラオンはナイロン弦のアコースティックギターです。ピックを使わずに右手のストロークをはじく感じにするのが特徴的で、これはジョアン・ジルベルトという人が生み出した「バチーダ奏法」と言います。バチーダというのは「叩く」という意味なんですが、サンバのリズムをギターに置き換えて作られた奏法です。

サンバとボサノヴァはまったく似ていないような雰囲気ですが、実はボサノヴァはサンバから生まれました。サンバにいろんなハーモニーやお洒落なジャズのエッセンスを加えて生まれたのがボサノヴァです。お父さんがサンバで、お母さんがサンバ・カンソンと言ったらいいのかもしれません。サンバ・カンソンは懐メロみたいなゆっくりしたラブソングで、メキシコのボレロみたいな音楽です。

サンバは2ビートなので「イチ・ニ・イチ・ニ」というリズムを刻みます。そのビートをタンブリンという打楽器のようにギターを叩くのがバチーダ奏法です。これがボサノヴァを演奏するときの基本になります。

そしてもうひとつ、ボサノヴァの特徴とされるのが「サウダージ」です。これはポルトガルのファドという哀愁たっぷりな音楽がルーツで、ブラジルは長らくポルトガルの植民地だったため、日本では「郷愁」などと訳されるサウダージが根付いたのでしょう。

サウダージなボサノヴァは、歌詞にも「あなたに会いたい」みたいな表現がいっぱい出てきますし、ハーモニーも哀愁たっぷり。たとえば「ドミソ」というハーモニーは色で言えば原色のようなもの。そこに「シ」を足したりすることで、ちょっとパステルなハーモニーになります。ボサノヴァはそんな音楽です。

せっかくの機会なので、今回はボサノヴァが最初に発表された「想いあふれて(原題:Chega de Saudade)」を聴いていただきましょうか。この曲は先日、ブラジルからジョイスとイヴァン・リンスが来日してブルーノートで演奏したときに、お客さんが全員一緒に歌ったという逸話もあるくらい有名な曲です。


◆「ブラジル音楽に息づくボサノヴァの遺伝子」
〜音楽プロデューサー 中原仁さん

僕がボサノヴァに出会ったのはもう40年くらい前だと思います。最初は「お洒落な大人の音楽だな」とは思いつつも、そこまではまるほどではありませんでした。でもその後、様々なブラジルのポップスを聴く中で、その背景となったボサノヴァのことを知るようになっていったんです。カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルなど、多くの人が「10代の頃にジョアン・ジルベルトを聴いた衝撃で音楽を始めた」と口を揃えます。それで僕もボサノヴァに興味を持つようになりました。

1950年代のリオデジャネイロでジョアン・ジルベルトとアントニオ・カルロス・ジョビンが出会ったのは、音楽史においてジョン・レノンとポール・マッカートニーが出会ったのに匹敵する出来事でしょう。ジョアンの声とギター、ジョビンのピアノと曲、これは何度聴いても飽きないし、むしろ20代の頃よりも今のほうが僕の耳も肥えたし人生経験も積んだぶん、さらに発見があります。それだけ音楽に力があるんです。

時代によって服の流行が変わるように、音楽も時代とともに変わるもの。だからジョビンの曲もアレンジやサウンドを変えてよくカバーされています。でも服が変わってもその奥の骨格は変わりません。そこがすごくしっかりしているからどんな服を着ても似合うんです。ちなみにジョビン自身も昔の写真を見るとものすごくダンディで、これはずいぶん女を泣かせただろうなと思わせますが(笑)。

ジョアンもジョビンも男性なので、女性ではナラ・レオンをおすすめします。1950年代、リオのコパカパーナ海岸を見下ろす彼女の部屋に、後にボサノヴァを生み出すミュージシャンたちが集まって夜な夜なセッションを繰り広げていたという逸話のある人で、「ボサノヴァのミューズ(女神)」と呼ばれました。とても聴きやすいし、奥深さや味わい深さもあるのでおすすめです。

残念ながら現在はリオに行ってもボサノヴァを聴いている人はほとんどいません。これはボサノヴァが50年代の終わりから60年代前半の時代背景とリオという環境で生まれた音楽で、アッパーミドル向けだったこともあってブラジル全体に伝わったわけではなかったからです。でも今もブラジルのポピュラーミュージックを聴くと、そこにはボサノヴァの遺伝子が息づいています。


◆「ボサノヴァとはジョアン・ジルベルトである」
〜ハピネスレコード 平野栄二さん

最初にボサノヴァのコンピレーションアルバムを出したのは2001年の夏頃でした。その後、多いときは半年に1枚くらいのペースでトータル10枚くらいは出したと思います。1990年代後半から2000年代に入った頃はクラブカルチャーやカフェがすごく流行りました。そこでBGMとしてよくかけられていたのがボサノヴァだったんです。

最初に出したのは『TOKYO BOSSA NOVA〜pol-do-sol〜』というアルバムです。友達にボサノヴァやブラジル音楽をやっているミュージシャンが多かったので、そういう人たちに「参加しない?」と声を掛けて作りました。orange pekoeやSaigenjiクンなどが参加してくれましたが、まだそういった人たちが大ブレイク前でしたね。

その後、同じようなボサノヴァのコンピレーションアルバムがあちこちからどんどん出てきました。僕が作ったアルバムはミュージシャンのオリジナル曲を集めたCDでしたが、J-POPの有名な曲をボサノヴァにアレンジしたカバーアルバムがものすごく増えたんです。

ボサノヴァは楽器の編成やアレンジに特別な制約はありません。ただ、以前に友達のギタリストと「ボサノヴァとは何か」という話をしたら、その人は「ボサノヴァとはジョアン・ジルベルトであって、それ以外はすべて彼を模倣したものだ」と言っていました。それくらいジョアン・ジルベルトは偉大です。

僕はボサノヴァのミュージシャンが来日するからといってそんなに聴きに行くわけではありませんが、2003年のジョアン・ジルベルト初来日のときだけはさすがに初日に駆けつけました。「とても気難しい人なので日本側の対応が悪いと2日目はやらずに帰ってしまう」と噂されていたので、これは初日に行くしかないと(笑)。でもずいぶん日本を気に入ってもらえたみたいです。

その初来日コンサートは音がすごく小さくて、まるで宇宙を見ているかのような不思議な感覚でした。そしてそれを絶対に聴き逃すまいと集中している観衆はものすごいオーラを発していました。ジョアン・ジルベルト自身はある回でライブの最中に寝てしまったりしたのですが、それでも観衆は起こさずにジッと見守っていたそうです。


TOKYO FMの「ピートのふしぎなガレージ」は、《サーフィン》《俳句》《ラジコン》《釣り》《バーベキュー》などなど、さまざまな趣味と娯楽の奥深い世界をご紹介している番組。案内役は、街のはずれの洋館に住む宇宙人(!)のエヌ博士。彼のガレージをたまたま訪れた今どきの若者・新一クンと、その飼い猫のピートを時空を超える「便利カー」に乗せて、専門家による最新情報や、歴史に残るシーンを紹介します。

あなたの知的好奇心をくすぐる「ピートのふしぎなガレージ」。9月24日(土)の放送のテーマは《ワンランク上のバーベキュー》。お聴き逃しなく!


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<番組概要>
番組名:「ピートのふしぎなガレージ」
放送エリア:TOKYO FMをはじめとする、JFN全国37局ネット
放送日時:TOKYO FMは毎週土曜17:00〜17:50(JFN各局の放送時間は番組Webサイトでご確認ください)
番組Webサイト:http://www.tfm.co.jp/garage

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