藤森慎吾にデーモン閣下、実は帰国子女だった芸能人たち

藤森慎吾にデーモン閣下、実は帰国子女だった芸能人たち

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 帰国女子のタレントといえば、英語が上手なバイリンガルという立ち位置で活躍しているイメージがあるが、意外にバイリンガルの「バ」の字も出さずに帰国子女と知られないまま活躍している場合も多い。タレントの大沢あかね(31)との間に、第2子となる男児が生まれたばかりのお笑い芸人の劇団ひとり(39)は、パイロットだった父親の仕事の都合で小学校2〜5年までの4年間、アメリカのアンカレッジで過ごしていた。当時は日本車の貿易摩擦などジャパンバッシングが起こっていた時期で、おにぎりをクラスメイトに奪われキャッチボールに使われるなど、イジメにあっていたそうだ。また、フィギュアスケートの村主章枝(35)が近所に住んでいて、一緒に遊んだことがある。現在の英会話の能力は日常会話レベルらしい。

 フリーの田中みな実アナ(29)と破局した、オリエンタルラジオの藤森慎吾(33)は小学校卒業後に父親が単身赴任していた香港に移住。香港の日本人学校中学部に入学して、1998年の卒業を機に帰国した。今年7月のバラエティ紀行番組で、移住したのは「イジメで引きこもりにあっていた姉の環境を変えるため」で、「香港での生活で彼女の笑顔が増え、二人で買い物に出かけられるようになった」と語っている。また、藤森もすぐ赤くなってしまう恥ずかしがり屋だったのが改善され、お調子者になったそうだ。

 今年の夏も精力的に野外ライブで活躍しているPUFFYの大貫亜美(42)は1982年、小学校3年生のときに家族で韓国のソウルへ移住。4年後、中学入学前の1986年に帰国したが、当時の日本の流行歌についていけず、ビートルズやデヴィッド・ボウイなどの洋楽を好んで聴いていたのが、ミュージシャンを目指したルーツとなったらしい。また、韓国での冬の体育の授業がスケートだったので、スケートやインラインスケートが得意だ。韓国語の他に英語も得意で、アメリカの絵本『サンダーバニー』シリーズを翻訳している。

 ミュージシャンの活動以外にも、コメンテーターや相撲評論家としても定評のあるデーモン閣下(10万53歳)は世を忍ぶ仮の姿(小暮ヨシノブ)の幼少期に、銀行員だった父親の仕事の都合で、アメリカ在住経験がある。帰国後は小学校3〜5年生まで広島県に住んでいた。2007年の海外向け放送「NHKワールドTV」の『WHATVS ON JAPAN』では、大相撲の1年を振り返るインタビューで、英語と副音声の日本語吹き替えの両方をコメント。2014年の『ニュースで英会話』(NHK Eテレ)にもゲスト出演している。

 最近の日本はグローバル化が進んでいる。芸能界でも彼らのような海外生活経験のあるタレントが、得意の語学を駆使して、バラエティ番組で重宝されるようになるかもしれない。

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