SMAP、伝説の「ライブがガラガラ」事件とは

SMAP、伝説の「ライブがガラガラ」事件とは

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 今、いろいろな意味で注目され続けているSMAP。彼らはこれまで、数々のヒット曲を生んできた。初のミリオンヒットとなった1998年の『夜空ノムコウ』(162万枚)を皮切りに、2000年に『らいおんハート』(156万枚)、03年に初リリースした『世界に一つだけの花』は、解散騒動によって、初のトリプルミリオン(300万枚)を超えた。05年9月には、日本人の単独コンサート史上初の東京国立競技場公演を開催。10年には東京ドームで行った『SMAP CONCERT TOUR』で、日本人史上初のコンサート通算観客動員数1000万人を突破。まさに、トップグループと呼ぶにふさわしい功績を残している。

 SMAPによる記録はまだある。1988年に結成、91年元日には、まだ歌手デビューしていないにもかかわらず、日本武道館で初ライブを開催。ジャニーズ事務所初の1日3公演は、即日完売し、平均年齢16.6歳だったSMAPは、この1日で3万人を動員した。そのおよそ8カ月後の9月に、『Can’t Stop!! -LOVING-』でCDデビュー。しかし、このデビューシングルはオリコンのヒットチャートランキングで1位が取れなかった。これまでデビュー曲がオリコン初登場1位にならなかったジャニーズグループはおらず、初の不名誉な記録も作ってしまった。

 それでもライブ人気は安定していた。武道館の元日ライブは恒例となり、92年には1日に5公演、93年は1日に4公演、そして94年には史上初の1日6公演に挑戦する。早朝4時半からリハーサルが開始、第1幕目の9時半から最終公演の20時45分まで、6人はステージに立ち続けた。

 このときのステージで、木村拓哉の印象に残っていることがある。ファンが「あと5回」という手書きボードを手にしていたのだという。一日何公演も歌い踊らなければならない彼らも必死だが、観るほうも大変だったようだ。

 90年代のコンサートで、もう一つ、メンバーたちが忘れられない光景がある。92年、東名阪でツアーを組んだ際の愛知県名古屋レインボーホール(現在の日本ガイシスポーツプラザ)だ。1万人以上収容する会場だったが、客入りはガラガラ。中居正広が「ドッキリかと思った」というほどの空席だったそうだ。

 そのときに見にきていたファンが持っていた手書きボードには、「私は見ている」だった。そしてスタンド席の数人のファンは、メンバーがステージ右に行くと右に走り、左へ行くと左に走り。ガラガラの客席を、縦横無尽に駆け回っていたという。

 この“伝説の名古屋公演”の話は、事あるごとにメンバーやファンの間で語り継がれている。そんな切ない経験もしたが、今では、1000万人を動員するアーティストにまでなった。名古屋の苦い経験も、むだではなかったのかもしれない。

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