天海祐希「宝塚1年目で主役抜擢!?」宝塚時代のスゴイ“伝説”

天海祐希「宝塚1年目で主役抜擢!?」宝塚時代のスゴイ“伝説”

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 ドラマ、舞台、映画、CMに多数出演し、第一線で活躍する女優、天海祐希。この10月からはドラマ『Chef〜三ツ星の給食〜』(フジテレビ系)でも主演を務める彼女は、元宝塚歌劇団月組のトップスターで、宝塚時代には数多くの伝説を残している存在だ。

 天海は、音楽学校の入学試験時から、大きな注目を集めていた。試験に挑む天海の華やかな容姿を見て、宝塚歌劇団の演出家、植田紳爾氏は「お母さん、よくぞ生んでくださった」と感謝の言葉を発したという。期待通り、天海は首席で入学。73期生として1987年に歌劇団に入団すると、わずか10カ月で新人公演の主演に抜擢。新人公演とは、入団7年目までの若手だけで行われる公演で、1年目のタカラジェンヌが主役を務めることはまさに異例中の異例。そして、天海はこの舞台で注目され、一気にスター街道を駆け上がることになる。

 宝塚歌劇団には「男役10年」(男役として成熟するには、10年の月日が必要という意味)という言葉があるが、天海祐希は入団7年目にしてトップスターに就任する。まだ新人公演への出演資格を持つ、宝塚史上最年少のトップスター誕生だった。ちなみに、天海の退団後に月組トップスターに就任した久世星佳、真琴つばさ、紫吹淳は、いずれも天海の先輩。このことからも、天海祐希がいかに傑出したスターだったかが分かるだろう。

 また、天海は宝塚歌劇団の慣習までも変えてしまった。宝塚歌劇団の象徴である、トップスターの“大羽根”を背負うことを拒んだのだ。通常トップスターは豪華な羽根を背負うが、天海はトップ就任後も小さな羽根ばかりを選んだ。それどころか、退団前の公演では、とうとう羽根をつけずに登場した。自分のこだわりを伝える強さ、それが天海祐希のスター性ともいえるかもしれない。

 2年4カ月とトップスター時代はけっして長くはないが、宝塚歌劇団の伝説的存在となった天海祐希。タカラジェンヌの中には、彼女に憧れて宝塚を目指した女性も多い。今後、再び天海祐希のようなスターが生まれることを期待したい。

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