春名慶(映画プロデューサー)「走ったからこそたどり着ける場所や出会いがある」

春名慶(映画プロデューサー)「走ったからこそたどり着ける場所や出会いがある」

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 映画『世界の中心で、愛をさけぶ』から、プロデューサーとして、映画作りに携わってきましたが、特に映画を作ろうと思って、社会人になったわけではないんですよ。映画青年というわけではなかったですし、今でも自分の映画に対する造詣をあまり信頼していないところがある。だから、あまり手を広げないようにしたので、振り返ると、ラブストーリーばかりですね。

 そもそも、プロデューサーの仕事って、最初に設計図をひく人なんです。ビルを建てることをイメージしてもらえば、わかりやすいと思うんですが、最初に図面を引いて、そこに現場監督が入って、鉄骨組み立てる人が来て、その人たちに託して出来上がっていく。特に、僕は現場を預かるプロデューサーではないので、事件が会議室で起きるタイプ(笑)。

 プロデューサーによっては、緻密な設計図をひくタイプの人もいるんですが、僕は、映画の知識に自信がないので、その設計図をいつも甘めにひくんです。後から、監督、脚本家、それぞれの専門家が入ってくるわけですから、その人たちに、図面にどんどん書きこんでいってもらう。映画作りはチーム作り。僕一人じゃ到底できないと思いますね。

 基本、ミーハーな性格なので、やるからには、巷の女の子の話題にのぼるような作品を作っていきたい。そこまでいくには、単に映画としてヒットするだけじゃなくて、社会現象のようにしないといけない。

 ただ、日本で映画を観る人って、意外に少ない。平均すると、年間で一人2本程度しか見ない。そこに、毎週毎週、新作を出し続けているっていうビジネスなんです。だから、よほどの理由がないと、映画館に足を運んでくれない。確かに映画を観たところで、お腹がいっぱいになるわけではないわけですから。例えれば、2時間の空気を売っているようなもんです。その瞬間の気分や記憶。だから、その空気をどう作ってヒットに繋げるか知恵を絞ります。

 ヒットをさせようと思って、ヒットするってないと思うんです。自分の中で、“これはヒットする”と青臭く信じていたところで、ヒットはしない。自分が好きだなっていうのと、今の時代の気分をうまく端子でつなげられたときに、ヒット作が生まれる。セカチューの時は、若者たちの衝動っていうのがキーワードだったんです。それが時代にマッチしたのか、“助けてください!”と、森山未來が空港で叫ぶシーンがウケた。

 でも、その頃とは、若者の温度感が変わってきていて、今回の映画『君の膵臓をたべたい』は、人との距離の取り方っていう内向きなエネルギーがテーマなんです。今どきの子は、人とぶつかることを避けがちになっている。でも、めんどくさいかもしれないけど、それを受け入れ、人と関わることで、生きているって実感ができる。それが主題です。そういう意味で、今の時代の気分とうまく端子がつなげられるのではと思って、設計図を書きました。

 結局、現代の日本は人間関係もそうですが、情報主義の社会になっていると思うんです。スマホという窓があれば、何でも知ることができる。若者の“悟り”も情報社会の産物。

 昔は体験主義的な時代で就活も恋も結婚もやってみて初めてこんなに大変だったのかって気が付く。今は最初に、こんなに大変なんだっていう情報が事細かに入ってくる。それじゃあ、始める前から疲れちゃう。

 体験主義だと、ちょびっと後悔はするけど、でも、走っていれば、景色が変わっていく。誰かに、ポンッとぶつかることもあって、それが、運命が変わるような出会いだったりする。走ったからこそたどりつける場所や、出会いがあると思うんです。

 なので、僕は、昨日、今日と明日のことしか考えないんですよ。走りながら見える色々な景色を楽しんでいきたいので。

撮影/弦巻 勝

春名慶 はるな・けい
1969年6月19日、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、93年、博報堂入社。97年に映画セクションに配属される。04年に公開され、社会現象にもなった映画『世界の中心で、愛をさけぶ』を皮切りに、『いま、会いにゆきます』、『県庁の星』、『神様のカルテ』、『僕等がいた』など数々のヒット作をプロデューサーとして手がける。現在はプロデューサー業として活躍しながら、博報堂DYミュージック&ピクチャーズの取締役も務める。

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