【テレビの開拓者たち(13) 鈴木善貴】明石家さんまさんから教わった“プロ意識”

【テレビの開拓者たち(13) 鈴木善貴】明石家さんまさんから教わった“プロ意識”

すずき・よしたか='80年11月20日生まれ、岐阜県出身

「ホンマでっか!?TV」「アウト×デラックス」「さんまのお笑い向上委員会」と、フジテレビの人気番組の演出を多数手掛けている鈴木善貴氏は、自他ともに認める大のテレビバラエティー好き。今の仕事はまさに“天職”と言っても過言ではなさそうだ。明石家さんまをはじめとする笑いの猛者たちと“演者×制作者”の真剣勝負を繰り広げながら、日々オリジナリティーあふれる番組を世に送り出している鈴木氏に、フジテレビ入社当時に味わったプロの洗礼や、テレビマン人生の転機となった出会い、また番組を作る際の心構えなどを語ってもらった。

■ 番組作りには“点”ではなく“線”の企画力が必要なんだと

――鈴木さんがテレビマンとして最初に携わった番組は何ですか?

「最初の番組は『トリビアの泉』('02〜'06年フジ系)です。僕が入社したタイミングで、ゴールデンタイムに進出することになって、タモリさんのレギュラー出演も決まって。そこにADとして参加しました。僕は岐阜出身なので、関東ローカルの深夜番組だった『トリビア』のことは実はよく知らなくて。ネタのリサーチがめちゃくちゃ大変だというウワサだけは聞いていて、実際めちゃくちゃ大変でした(笑)。体力には自信があったんで、徹夜続きで寝られないとかいうことには抵抗がなかったんですけど、もともと『笑う犬』シリーズ('98〜'03年フジ系)が大好きで、コント番組が作りたくてフジテレビに入ったので、そういう意味での戸惑いはあったかもしれませんね。『なんかジャンルが違うなぁ、見たことない番組だし』みたいな(笑)」

――初めて参加したバラエティー番組の現場はいかがでしたか?

「夜から朝までの会議が週3回。その合間に、ネタのリサーチやVTRの仕込みがあって、想像以上に忙しかったです。体力には自信があると言いながら、初めての収録のとき、寝ちゃいましたからね」

――スタジオで、ですか!?

「はい、立ったまま(笑)。それで収録が途中で止まっちゃって、皆さんに多大なるご迷惑をお掛けしてしまいました。これで僕のバラエティー人生は終わったな、クビだなって思ったんですけど、幸い、上司も先輩も寛容な方たちばかりで、奇跡的におとがめなしで事なきを得たんですけど。とにかく大変な毎日だったけど、当時一緒に仕事をした人たちには、“戦友”みたいな意識がいまだにありますね。とても良い経験になりました」

――忙しかったこと以外で印象に残っていることは?

「さっきもお話しした通り、僕は昔からコント番組が好きで、自分はけっこう笑いのセンスがあると思い込んでたんですね(笑)。学生時代の友達も、笑いのセンスが良いなって奴が多かったし。だから入社した当時も、自分で面白いと思う企画を100本ぐらい温めてたんですよ。だけど、先輩たちから『それは全部、番組の中のワンコーナーだ』と言われて。レギュラー番組の企画というのは、毎週どう展開していくかというところまで考えないといけないんだと。その点、僕のアイデアは瞬発力だけの“点”の企画。番組作りには“線”の企画力が必要なんだということを教わりました。しょせんは学生レベルで、プロの仕事ではなかったということですよね」

■ かっこ悪い自分を見せられる“明石家さんまの笑い”ってすごくかっこいいと思います

――これまでのキャリアの中で“転機”となった番組は?

「『お台場明石城』('04〜'06年)という深夜番組で、初めてチーフADを務めたときに、明石家さんまさんとご一緒したんです。フジテレビのディレクター陣がさんまさんに新しい企画をプレゼンするという番組なんですけど、僕は生意気にも、ある先輩の提案した企画が面白いと思えず、収録中に首をかしげちゃったんですね。そしたら、それをさんまさんがしっかり見ていて(笑)。そこから、お前も何か企画を出してみろということになり、以来、毎週のように僕の拙いプレゼンをさんまさんが面白おかしくイジってくださった。そのご縁が、今の『ホンマでっか!?TV』や『お笑い向上委員会』に繋がっていったわけで、その意味では『明石城』は大きな転機だと思いますね」

――鈴木さんが明石家さんまさんから学んだことは?

「さんまさんは、どんなときもブレない。ボキャブラリーも身のこなしも若々しいし、ツッコミもボケも自由自在。時々、自分と同い年なんじゃないかって錯覚しそうになります(笑)。それと、責任感が強い方なんですよね。ご自分で『やる』とおっしゃったことは必ず最後までやり通す。昔、『明石城』で僕がプレゼンした企画が発展して、『ゼウスの目薬』('07年)という深夜の特番を作ることになったときも、さんまさんがMCを快く引き受けてくださって。予算がないから申し訳ないなと思ったんですけど、さんまさんって、お金ではなく気持ちで動く方なんですよ。言うなれば、“人生の偏差値”がものすごく高い方だと思います。でも、その一方で、子供みたいに純粋で無邪気なところも持ち合わせていらっしゃる。かっこ悪い自分を見せられる器の大きさも含めて、“明石家さんまの笑い”ってすごくかっこいいと思います」

――「さんまのお笑い向上委員会」では、どんな演出を心掛けているのでしょうか?

「『お笑い向上委員会』って、最初は芸人さんたちときちんと打ち合わせをしてたんですよ。でも、いざ本番となると、誰ひとりとしてその通りに動かない(笑)。今でも一応、事前の打ち合わせはあるんですが、『でも、この通りに行かないよね?』が合言葉みたいになってます(笑)。僕は演出担当として、ずっとスタジオのフロアにいるんですが、今携わっている番組の中で一番、現場にいて楽しい番組ですね」

――でもその分、編集が大変そうですね(笑)。

「確かに収録中は、ゲラゲラ笑いながら、『これは編集が大変だぞ…』って思うことはよくありますね(笑)。この番組の編集方針としては、“爆笑”を捨てて“大爆笑”のシーンを残す、というのがまずひとつあって。とはいえ、ただ大爆笑をつなげるだけではダメなので、全体の辻褄を合わせるというか、番組1本分の流れを作ることも意識しています。

ちなみに、さんまさんって編集には一切口を出さないんですよ。他の番組でもそうですけど、編集は全部スタッフに任せてくださるんです。さんまさんは基本的に、スタッフに対しては『お互いにプロだ』というスタンスなんですね。ですから、『お笑い向上委員会』も『ホンマでっか!?TV』も、そんなさんまさんのプロ意識に応えるべく、とことん本気で、妥協せずに番組作りに臨んでいます」

■ “誰も見たことがない番組”の形を見つけることがテレビマンの命題

――また「アウト×デラックス」も、現場が楽しそうですよね。

「そうですね。この番組も、ゲストの方とは事前に入念な打ち合わせはしますけど、本番の進行はあまり決め込まないようにしているんです。収録当日も、矢部(浩之)さんには打ち合わせの内容を伝えるけれど、マツコ(・デラックス)さんには最低限必要なポイントだけを伝えて、『他に気になることがあったら、直接ご本人に聞いてください』とお願いしています(笑)。矢部さんがリードして、マツコさんとゲストの掛け算でトークがふくらんでいくのが一番面白いと思うので。要するに、『アウト×デラックス』においては、打ち合わせ通りに行かずに脱線していくことが成功なんですよね」

――鈴木さんが番組を作る上で、最も大切にしていることは何ですか?

「やっぱり、まだ誰も見たことがないような番組を作りたいですね。今は娯楽がいっぱいあって、テレビを見る人も減っていますけど、探せばあるような気がするんですよね、“誰も見たことがない番組”の形が。それは、“ネットで検索しても見つからないもの”と言い換えることができるかもしれませんけど、そういう未知のものをいかに見つけることができるかが、僕らテレビマンに課せられた命題かもしれません。何だかんだ言っても、日本のテレビ文化には80年近くの歴史がありますし、制作している人間たちも、カメラワークにしろ編集にしろ、ネットには負けない経験と技術がある。これは大きな武器だと思うんですよね。

あとは、出演者を傷つけるような番組は絶対に作りたくない。『アウト×デラックス』はかなりギリギリなところを攻めている番組ではあるんですけど、収録後、ゲストの方に気持ちよく帰っていただくことを何よりも大切にしているんです」

――では今後は、どんな番組を作ってみたいですか?

「いろんなジャンルをやってみたいんですけど、やっぱり昔からの夢だったコント番組は、一度チャレンジしてみたいですね。ただし今のご時世、コントは視聴率が取れないというのは厳然たる事実なので、今はちょっとガマンするときなのかもしれません。だから、まずは人気番組を作って、その中のワンコーナーから始めるっていうのも、ひとつの手なのかなと。僕、“ワンコーナー作り”は得意ですから(笑)。そうやって少しずつ、コントの面白さを世に浸透させていって、いつかゴールデンタイムでコント番組ができたら…なんて考えたりしてます」

この記事の続きを読む