【テレビの開拓者たち / 小松純也】「ごっつ」「笑う犬」演出家の信条は“アマチュアリズム”

【テレビの開拓者たち / 小松純也】「ごっつ」「笑う犬」演出家の信条は“アマチュアリズム”

こまつ・じゅんや=1967年2月22日生まれ、京都府出身

大学在学中に放送作家として活動し、フジテレビ入社後は、「ダウンタウンのごっつええ感じ」('91〜'97年)でダウンタウンらと、「笑う犬の生活」をはじめとする「笑う犬」シリーズ('98〜'03年)ではウッチャンナンチャンらと、今なお高く評価されるコント番組を作ってきた小松純也氏。他にも多数のバラエティー番組の演出、プロデュースを担当し、現在は共同テレビジョンのプロデューサーとして、Amazonプライム・ビデオのオリジナル作品「HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル」の総合演出や、TBS系のグルメバラエティー「人生最高レストラン」のプロデュースを手掛けている彼に、コント番組を作っていた当時に学んだことや、テレビ番組を作る上で大事にしていることなどを語ってもらった。

■ 自分で志を持って物事を決めたことがないんです(笑)

──小松さんは、大学在学中から放送作家や役者として活動もされていたわけですが、テレビを作る仕事に就こうと思われたきっかけは?

「自分で演じたりしていたとき、演出家が、自分じゃやらないのにいろいろ言うんですよ。それが妬ましくて、自分も偉そうに言う側に回ろうと思って(笑)、演出の仕事がしたいなと。ただ別に、テレビ局に入ろうと計画的に準備していたわけじゃないんです。たまたま友人がフジサンケイのマスコミセミナーの応募ハガキを拾って、それに応募して通った、という。今まで全てそうですけど、僕という人間は、自分で志を持って物事を決めたことがないんですよね。常に流されるがまま。自分の意思で決断したことは、結婚くらいしかないです(笑)。おそらく、自分に確固たる自信がないんでしょうね」

──では、フジテレビに入社して初めて手掛けられた番組は?

「最初にADとして関わったのは、『笑っていいとも!』('82〜'14年)と『夢で逢えたら』('88〜'91年)ですね。当時、『夢で逢えたら』のメンバーだったダウンタウンさん、ウッチャンナンチャンさん、野沢直子さん、清水ミチコさんは、全員『いいとも』にもレギュラー出演されていて。やはり、『夢で逢えたら』のメンバーと出会えたことは大きかったです。

当時のバラエティー番組のADというのは、人の倍働かないと許してもらえない、みたいな環境にいて、そこで勝ち残らないと自分で番組を作らせてもらえないという厳しさがありました。本当にいろんなことを学びましたけど、忘れられないのは弁当の食べ方かな。食べているところを見られると怒られちゃうから、ゴミ箱の横で立ったまま食べて、足音が聞こえたら速攻で捨てるという、人に知られずに食べる方法を習得しました(笑)」

──そして「夢で逢えたら」を経て、「ごっつええ感じ」の現場に入られるわけですね。

「入社2年目で、いきなりチーフADとして入りました。番組では、僕の師匠である星野淳一郎さん(※フリーディレクター)がずっとコントの演出をされていて。星野さんは、愛情を持って厳しく接してくださる方で、番組作りの基本的なことは全て星野さんからたたき込まれました。

当時のダウンタウンさんは、全国ネットのゴールデン帯で初めての冠番組を持って、自分たちの存在を世の中に認知させるんだと、ものすごく気合が入っていた時期で。その気迫あふれる状況で一緒にやれたことは、貴重な経験でしたね。僕にとっても熱い時代でした」

■ 成功体験で仕事をしない。プロになったらおしまいだと思うんです

――「ごっつ」で披露されていたコントは、いまだにお笑いファンの間では高い評価を受けているんですが、あのコントは具体的にどのようにして生まれていたんでしょうか。

「まず作家さんたちが書いてきたコントの設定を、ADの僕が『どうですか?』と松本(人志)さんにプレゼンして、それを話の入り口に、松本さんがコントのアイデアをどんどんひねり出していく、という感じでした。だから、僕らが最初に用意する設定は“踏み台”ではあるんですけど、踏み台も踏み台なりにレベルが高くないといけない。それに、松本さんの話を聞く僕も、しっかりポイントを押さえておかなくちゃいけないわけで、あの時期、ADとして経験させてもらった仕事は、僕の中ではいまだに大きいですね。今でも松本さんと笑いについて話ができるのは、あのときのおかげだと思いますし。星野さんも、松本さんと話をするという経験を僕にさせて、育てようとしてくれていたんじゃないでしょうか。

その後、星野さんが番組を抜けることになり、誰がコントを撮るのかとなったときに、松本さんと浜田さんが『小松でいいんじゃないか』と推薦してくださったらしいんですよ。それでディレクターとなって、それ以降のコントは僕一人で撮りました。星野さんがいなくなってからは、松本さんからはクリエイティブな部分を教えていただき、浜田(雅功)さんからはスタッフのまとめ方をはじめ、人間としての薫陶を受けた…と僕は思っていて。ダウンタウンさんもまた、僕にとっては師匠のような存在です」

──その後、「笑う犬」シリーズではウッチャンナンチャンと一緒にコント番組を作られました。

「『ごっつ』で培ったスキルは当然生かされていたと思いますが、それはあくまでベーシックなところですね。松本さんと内村(光良)さんはタイプが違いますし、僕らスタッフも、コントを作るという作業は同じでも、クリエイティブな部分で切り替えないといけない。『ごっつ』では、人間が持つ愚かしさとか、誰もが子供のころに感じたザワザワした感覚とか、そういったものをみんなで呼び起こして作っていくという感じだったんですね。一方で『笑う犬』は、もう少し周りを観察して、日常生活の中の面白さをすくい取る、という感じ。自分のお父さんはこうだったとか、あるいは時事ネタとかも入れたりしながら作っていました」

――具体的な方法論は、時代や演者によって違うわけですね。

「そうですね。ただ、僕が一貫して筋を通していることがあるとすれば、“成功体験で仕事をしない”ということかな。それをやっちゃったらおしまいだと思うので。プロとしてのシビアさはもちろん必要ですけど、僕の中では、プロになったらおしまいだと思うところも正直あって。自分のやり方を決めて、その通りにやっていく仕事って、つまらなくなっていく一方ですから。やったことのないことを面白がってやる、だから乱暴なこともできる。そんなアマチュアリズムを大事にしています。

僕は今でも、学生時代に生まれて初めてTVでやる自作自演のコントのネタを思い付いて、『これは面白くなりそうだ』なんて考えながら、京都の長岡天神の駅から家までワクワクしながら歩いた、あのときの感覚を忘れちゃいけないと思っていて。そんなアマチュアリズムをもってすれば、そこそこジジイになってもやっていけるんじゃないかなって思ってるんですけど、どうなることやら(笑)」

■ テレビマンは『こんなの見たことない!』と思えるものを見つける努力をするべき

──「テレビメディアは元気がなくなった」などと言われる昨今ですが、小松さんのおっしゃるアマチュアリズムこそが、今のテレビに一番必要なものなのかもしれませんね。

「一つ間違いなく言えるのは、われわれテレビの制作者は、老若男女が『こんなの見たことない! 面白い!』と思えるようなものを見つける努力をするべきだということ。今テレビを作っている人たちは、そこをあきらめちゃってる人が多いような気がするんですよ、『テレビはもう全てをやり尽くした』とか、『テレビからはもう新しいことは生まれない』とか。でも、僕はそうは思わない。テレビでまだ誰もやっていない面白いことって、道端にいっぱい転がってるはずなんです。今の作り手たちは、街でそれを探す努力がちょっと足りないのかなと思いますね」

──現在、小松さんはAmazonプライムビデオで独占配信中の「HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル」では久しぶりに総合演出を手掛けられています。

「松本さんの番組を自分で演出するのは久しぶりだったんですが、松本さんは、外見は変わりましたけど、笑いに関する根っこの部分は全く変わってないですね。でも、松本さんって、昔は『こういうことは嫌い』と言っていたことを、今、全部やってるじゃないですか、体を鍛えたり、金髪にしたり(笑)。自分の変化を受け入れるって本当に素晴らしいことだと僕は思うんです。ある種、先ほどお話しした“今までやったことがないことを面白がってやる”という僕のアマチュアリズムも、僕が松本さんの真似をしているのかもしれません」

――シーズン2ではルール変更もありました。

「追い込まれた芸人さんたちが、だんだん壊れていって、“地獄絵図”を繰り広げていく、というのが『ドキュメンタル』の僕らが恐れる(笑)最終形だと思うんですが、エンターテインメントとしてお客さんに見ていただくものでもあるので、シーズン2では、よりアクティブに動く芸人さんにポイントが付くことになりました。相手を笑わせようとすれば、それだけ自爆するリスクも高くなるわけで、そういうダイナミズムもありだなということで、新しくルールを作った感じですね。ともあれ、シーズン2では、まさしく“地獄”に近い場面が見られるので必見です(笑)。もうメッチャクチャになってて、現場で見ていても面白かったですよ。画ヅラは怖いですけど(笑)」

――その“地獄”は、地上波で放送するのは無理なんでしょうね(笑)。やはり配信ならではの企画なのかも…。

「そうでしょうね。地上波で放送できない、という意味では、松本さんにとっても、今回の配信という形が“松本人志の笑い”の新しい表現のステージになったらうれしいなと思います」

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