【テレビの開拓者たち / 伊藤隆行】モヤさま伊藤Pいわく「未来のテレビに必要なのは“素直”と“勇気”」

【テレビの開拓者たち / 伊藤隆行】モヤさま伊藤Pいわく「未来のテレビに必要なのは“素直”と“勇気”」

いとう・たかゆき=1972年10月24日生まれ、東京都出身

「やりにげコージー」('04〜'05年)、「やりすぎコージー」('05〜'11年)、「モヤモヤさまぁ〜ず2」('07年〜)など数々のヒット番組を手掛け、ついにプライムタイム進出を果たした内村光良司会のお笑い番組「にちようチャップリン」、古舘伊知郎&坂上忍&千原ジュニアのタッグによるトーク番組「おしゃべりオジサンと怒れる女」など、今年春からの新番組も好調。独自の路線をひた走るテレビ東京の中でも、ひときわ挑戦的な番組を世に送り出すヒットメーカー、“伊藤P”こと伊藤隆行プロデューサーに、自身の番組制作へのこだわりや、テレビが向かうべき未来などについて話を聞いた。

■ テレビ東京に入ったのは“雰囲気入社”です(笑)

――伊藤Pは、テレビ東京入社時は、制作ではなく報道志望だったとか?

「というか、テレビ局を志望していたわけでもないんです。“雰囲気入社”ですね(笑)。だから、報道を志望しとこうかな、くらいのスタンスだったんですけど、入社早々、上司から『おまえみたいなバカが報道に行くと視聴者に迷惑をかける』と言われて、編成部に配属されまして(笑)。で、気付いたら今、制作にいるという。

これを言うと怒られちゃうんですけど、僕は元々、バラエティー好きでも、お笑い好きでもないんです。そもそも、これまで特にハマったものがない。つくづくノンポリだと思いますね。ただ、自分は凹凸でいうと、凹の方の人間なので、逆に凸の人が集まってくるんですね。気付いたら周りは、トンがってる人だらけ(笑)。でもそれは、プロデューサーにとってはプラスなのかなと思います。プロデューサーというのは、周りのスタッフや出演者のやりたいこと=凸の部分を最大化することが仕事なわけで、僕自身が何かが好きである必要はないんじゃないかと。だから僕は、決して“クリエーター”じゃない。あくまでもテレビ制作の仕事に携わっているサラリーマンですね」

――そんな“ノンポリ”のサラリーマンの伊藤プロデューサーですが、テレビ番組を作る上での“ポリシー”は?

「意見をコロコロ変えるようにしてます(笑)。『昨日はこっちが面白いと思ったけど、やっぱりこっちの方が面白い』と思ったら、そのままみんなに伝える。別にみんなを困らせようとしてるわけじゃないし、全体的な方向性はブレたらダメですけど、絶対こうじゃなきゃいけない、というこだわりは要らないと思うんです。それは面白さの幅を狭めちゃうことになるんで。だからきっと、スタッフからは『いい加減な人だな』って思われてるでしょうね。でも、『言ってること違うじゃないですか!』って誰からもツッコまれるキャラでいたいなと。そういう存在は必要だと思うんで」

■ ときにはアホに見られても仕方ない(笑)

「あとは企画書を作るときに、自分の感情が動かされたものをそのまま書くようにしています。要は、面白そうなことをそのままストレートに企画にする。例えば、今年の1月から、池の水を全部抜くと、そこはどうなってるのかを調べるという特番(「日曜ビッグバラエティ『緊急SOS! 外来種から日本を守れ “池の水ぜんぶ抜く”』」)を立ち上げたんですけど、企画書の段階では、番組タイトルを『池の水抜いちゃいました』にしてたんですよ(笑)。池の水を抜くだけでゴールデン2時間。だったらこのタイトルしかないだろうと。当然、上の方から『タイトルだけは何とかしろ』と言われましたけど。結果的に面白い番組になったし、視聴率もよかったんで、あのタイトルでよかったんでしょうけど、僕の中では『池の水抜いちゃいました』にしたかったなっていうのはありますね」

――(笑)。考えてみれば、伊藤Pが作る番組は、インパクトの強いタイトルが多いですね。

「意味不明だけど、なんか引っ掛かる、そういう言葉をタイトルにしたいんですよね。そこから番組の方向性が決まることもあるし。逆に言うと、タイトルに納得いかないまま始まった番組は、たいてい即死してます(笑)。

『やりにげコージー』は確か、演出の堤本(幸男)さんと会話する中で、『“やりにげ”っていう言葉が面白いよね』という話をしたのがきっかけです。そこに、今田(耕司)さんの『まだ世間では知られていない面白い芸人をどんどん出そう』というアイデアも加わって、新しいスター芸人もたくさん生まれて。“やりにげ”というタイトルのおかげで、自由に、いい意味で気楽にやれたところはありますね。どんな無茶な企画も、どうせ“やりにげ”なんだから、まぁいっか、みたいな(笑)。

『モヤモヤさまぁ〜ず2』は最初、企画書では『ちんちんさまぁ〜ず』っていうタイトルだったんですよ。ちんちんっていっても下ネタじゃなくて(笑)、ちんちん電車のことで。電車ごっこみたいに、さまぁ〜ずが縄の輪っかを持って街を練り歩いて、出会った人をどんどんその輪の中に入れていくっていう企画だったんですけど、大竹(一樹)さんの『面倒くさい』の一言で“モヤモヤ”になりました(笑)。考えてみると僕は、そんな風に、その場その場で誰かが言ったことをどんどん番組に取り入れるのが好きなのかもしれない。やっぱり番組って、スタッフや出演者みんなの思いが大きくしていくものなんだと思います」

――伊藤Pの作る番組は、ニッチな部分を掘り下げていく面白さが一番の特色だと思うんですが、それは今や、“テレビ東京のバラエティー”全体のカラーにもなってきていますよね。

「他局の人にもよく言われるんですよ、『どうしてそんな細かいことが気になるの? こんな企画、うちじゃ番組どころか、1コーナーにもなんないよ』って(笑)。自分たちは特に意識はしてないんですが、やっぱりお金もない中で知恵を絞って、1時間、2時間の番組を作らなきゃいけないわけで、それはどこか、小さい穴を掘っていくような作業なんですよ。だから、ときにはアホに見られても仕方ない(笑)。でも、ニッチではあっても、最終的な目的地はしっかり持っておかないとダメでしょうね」

■ 自分たちで魅力的だと思えるものを作らないと視聴者は見向きもしてくれない

――これまでお仕事されてきた中で、ターニングポイントとなった出来事や人との出会いはありますか?

「入社間もないころは、いくら企画書を書いても全然通らなかったんですね。そんなとき、ある上司が飲みに連れて行ってくれたんです。すごく厳格なタイプの人だったので、こわごわついていったら、新橋のカウンター席しかないスナックで、リコさんっていうママがいて。で、なかなか企画が通らないっていう話を上司にしたら、いきなり怒鳴られたんですよ、『おまえは自分を天才だと思うか!? 思わないなら辞めちまえ!!』って。リコママと手をつなぎながら言うから、あんまり説得力なかったんだけど(笑)。でも、『テレビを作る人間は、視聴者から愛されるために普通の感性が一番大切。でも同時に、自分は天才だという自信も持っていないとダメだ』と言われて。その言葉はけっこう目からウロコでしたね。それ以来、企画書には自分が面白いと思ったことを自信を持って書けるようになった気がします」

――では、テレビの作り手としての、これからの展望は?

「これからもネットの動画配信なんかは、より広く普及していくでしょうし、ツールが変わっていくのは止められないと思うんです。ただ、それ以前の問題として、テレビ自体がもう何周もしちゃってる気がするんですよね。例えば、芸人を追い込むっていう企画をやるときに、『電波少年』('93〜'03年日本テレビ系)を超えるような企画のルールはいまだに見つかってないと思うし。

だから僕たちとしては、まずは『思った通りやっていこうぜ』ということですね。やっぱり自分たちで魅力的だと思えるものを作らないと、視聴者は見向きもしてくれませんから。で、そのためには、僕は“素直”という言葉がキーワードだと思っていて。素直に面白い、素直にすごい、素直にありがとう、そういうストレートな感性で番組を作っていくことが大事だと思います。今のテレビ局って、勝手に先回りしていろんな心配をして、ヤスリで削っていっちゃうんですよ。万人に受けるように、どんどん大人しい番組になっていく。でも、そんな番組は絶対に当たらないですよ。やっぱりヤスリをかけちゃいけない。さわらぬ神に祟りなし、という考えからは何も生まれない。だから、そのための“勇気”も必要かもしれません。これからのテレビに必要なのは“素直”と“勇気”ですね」

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