【テレビの開拓者たち / 高橋弘樹】“一般人バラエティー”の旗手が語る番組作りの醍醐味

【テレビの開拓者たち / 高橋弘樹】“一般人バラエティー”の旗手が語る番組作りの醍醐味

たかはし・ひろき=1981年生まれ、東京都出身

“物作りをして、形のあるものを世に残したい”という思いに駆られ、テレビ東京に入社。以降、「白ブリーフ」「人妻」といったサブカル的なネタの変遷を歴史ドキュメンタリー風に紹介する「ジョージ・ポットマンの平成史」(2011〜2012年)や、無人カメラを前に街行く人々が思いの丈をぶつける「カメラ置いとくんで、一言どうぞ〜街中に、カメラ放置してみました〜」(2015年)といった、テレビ東京ならではのバラエティー番組の数々を、まさに“世に残してきた”高橋弘樹氏。現在も、終電を逃した人に密着インタビューを敢行する“人生のぞき見バラエティー”「家、ついて行ってイイですか?」のプロデュース&演出を手掛ける彼が、“一般人”をフィーチャーした番組を作り続ける理由とは? さらに、テレビマンとしての信条や今後の展望などを聞いた。

■ 『TVチャンピオン』で、労力を掛けなければ面白い番組を作ることはできないんだと学びました

──高橋さんがテレビ東京に入社されて、一番最初に携わった番組は?

「本格的という意味では『TVチャンピオン』(1992〜2006年)ですね。もちろん最初はADで、『足を使って調べてこい』ということを徹底的に教えられました。スーパーの袋詰めがうまい人が競い合う『詰め放題選手権』という企画をやったときは、当然ながらそんな選手なんていないので(笑)、千葉や練馬のスーパーに張り込んで、上手な人を探してスカウトしたんですよ。バラエティー番組って、思っていた以上にゼロから手作りで作っていくんだなぁと強く感じましたね。『TVチャンピオン』という番組からは、しっかりと労力を掛けなければ面白い番組を作ることはできないんだ、ということを学んだ気がします」

──高橋さんの中で、“この出会いは大きかった”と思う、番組、もしくは人物は?

「『空から日本を見てみよう』(2009〜2011年テレビ東京系)についていた時期があるんですが、当時プロデューサーだった永井(宏明)さんは、僕の師匠的な方です。永井さんは制作会社からテレ東に移ってきた人なんですけど、とにかく番組のクオリティーと面白さをとことん追求する人で。撮影でズームインやズームアウト、パン(カメラを上下左右に振る)するときも、なぜ今、その手法を使うのか、一つ一つロジカルに突き詰めるんですよ。一度、僕がロケで撮ってきた映像について、なぜそういうカメラワークにしたのか説明を求められたんですが、僕は理由なく撮っていたから、すごく怒られて。それ以来、カット一つにもきちんと意味を考えるようになりました。

正直、そんなことを考えなくても視聴率を獲っている番組はいっぱいあります。でも僕は、カメラワーク一つ、ナレーション一つで番組は面白くなるんだということを、永井さんに調教されたというか(笑)。その考え方が癖として染み付いてるんです。いまだに、プライベートで旅行に行ったときでも、どこが最も景色がきれいに撮れるだろうとか、どこからズームアウトするのが最適だろうとか考えたりしちゃいますからね」

■ スタッフと取材対象者との化学反応も含めて描くことこそ、ノンフィクションなんじゃないかと

──高橋さんが番組を作る上で心掛けていることは何でしょうか。

「僕の場合、普段やりたくてもできない自分の欲望を、テレビというツールを借りて実現している、という意識が強いんですよね。例えば『吉木りさに怒られたい』(2014年ほかテレビ東京ほか)は、当時、上司からさんざん怒られてて、“どうせ怒られるなら、きれいな女の人の方がいいな”と思ったのを具現化しただけで(笑)。『家、ついて行ってもイイですか?』も、“人の生活をのぞき見したい”というところから始まっています。誰でも一度くらいは、きれいな人を街で見かけたら、あとをついて行きたい願望って持ったことがあると思うんですよ。でも、もちろんついて行ったらダメじゃないですか(笑)。それをテレビという器を使って、“タクシー代を払う代わりに、あなたの家の中を見せてください”と、相手の了承を得た上でちゃんと見られる仕組みを作ったわけです。そんな風に、自分がやってみたいことをテレビを使ってやっちゃおう、と。自分の欲望を恥ずかしがらずにさらけ出すことって、意外と物作りをしていく上で大切な姿勢だと思ってるんです」

──「家、ついて行ってイイですか?」は、放送が始まってすでに3年が経ちます。いろんなタイプの一般人の方が登場しましたが、これまでで印象深かったことは?

「ある回で、元カレと一緒に住んでいるけど、もう別れていて引っ越す直前だという女性の家について行ったんですね。でも、何となく2人とも未練が残っている雰囲気があって。で、お酒が入っていたこともあって、結局ヨリが戻ったんです。テレビが介入することで、人の人生が変わることもあるんだ、すごいなって思ったんですけど、さらに、そのカップルが最近結婚したんですよ。結婚後の2人の様子も取材して放送もしたんですけど、この番組の歴史の中でも特に思い出深い出来事ですね。

また、取材をさせていただいて番組が放送された後に、亡くなってしまった方がいたんですが、後日、ご遺族から『お葬式で番組のVTRを流したら、みんなとても喜んでいました』とおっしゃっていただいて。あのときは本当に作り手冥利に尽きるなと思いました。

ドキュメンタリーやノンフィクションの番組を作る場合、スタッフはあくまでも客観的に、取材対象者にできる限り影響を与えないよう接するべきだという考えもありますけど、僕はそうとは限らないんじゃないかなと思うんですね。カメラが入った時点で、ディレクターの影響が発生し、それこそが真実。だから、スタッフと取材対象者との化学反応も含めて描くことこそ、ノンフィクションなんじゃないかと思います」

■ 100年後、1000年後の視聴者にも見てもらえる可能性があるのもテレビの楽しさ

──「家、ついて行ってイイですか?」の他にも、「カメラ置いとくんで、一言どうぞ」など、高橋さんが作るバラエティー番組は、いわゆる“一般人”にスポットを当てるものが多い。一般人のどういったところに魅力を感じているのでしょうか?

「『TVチャンピオン』のADをやっていたころから感じていたんですけど、一般の方々はタレントさんと違って空気を読んでくれないから(笑)、当然ながらこちらの意図通りには動いてくれないんですね。そもそも一般のみなさんは、カメラにたくさん映ったところで何の得にもならないわけで、面白いことをしようとか、うまいことを言おうなんて思っていない。でも、だからこそプロのタレントさんには思いもつかないような、予想外の言動を見せてくれる。そこが一般の方々の面白さだと思うんです。最近、みやぞんさんのように“予定不調和”感のあるタレントが人気ですけど、僕はその最たるものが“一般の方”だと思っています(笑)。今は視聴者の目も肥えてきているから、予定調和な番組を退屈に感じてしまう人も多いような気がするんですよね。

一方で、そろそろタレントさんをメインにした番組もやってみたいなと思うんですけど…今は興味のある人がいなくて(笑)。一般の方にスポットを当てた番組というのは、やはり自分の軸だと思うし、それを粛々とやることが自分のライフワークなのかなとは思いますね」

──では、番組作りを通じて感じる、テレビマンの仕事の醍醐味は?

「人間の脳にダイレクトに訴えられることが映像の一番の強みだと思います。番組を見てもらって、前向きな気持ちになって嫌なことを忘れることができたり、全てを忘れてゲラゲラ笑ってもらえたり、一週間がワクワクして待ち遠しくなったり、自分も頑張んなきゃって思ってもらえたり。見てくれた人に少しでも“見てよかった”って思ってもらえたらうれしいです。

あと、もちろん今の時代の視聴者にも見てほしいのですが、100年後、1000年後の視聴者にも、見てもらえる可能性があるというのもテレビの醍醐味の一つかなと思います。たとえば、今から100年後、平成時代はどんな時代だったのかと振り返るときに、政治や経済の歴史は記録に残っているだろうけど、市井のサラリーマンの暮らしだとか、フツーの大学生の恋愛とか、“普通の生活”の風景って、なかなか記録されていないと思うんです。なかなか歴史書には残らなそうな等身大の“平成”の記録を残せたら…。日の当たらないものの歴史を振り返った『ジョージ・ポットマンの平成史』という番組も、平成ならではのポンコツ野郎を叱る『吉木りさに怒られたい』も、平成時代の市井のお宅を覗き見する『家、ついて行ってイイですか?』も、そんな思いをこめて作りました。

平成に生きる自分が、昭和に消えていった日本人を描いた『忘れられた日本人』(岩波文庫/宮本常一・著)を読んで、生き生きと甦る、今とは違う世界に住む日本人の恋バナに夢中になったり、平安時代の貴族や庶民の頭の中を描いた『往生要集』(岩波文庫)を読んで当時の人々のぶっ飛んだ死生観に驚いたりしたように、自分が作った番組を100年後、1000年後の人たちに見てもらって、笑ってもらえたり、あるいは“平成の人たちって、こんな人たちだったんだ”って興味を持ってもらえるかも知れない。そんな可能性を秘めているのも、一般の方を描く番組作りの楽しさだと思います」

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