テレビ女優第1号にギネス認定 テレビの恋人・黒柳徹子の“唯一無二”の魅力【ザテレビジョン35周年特集】

テレビ女優第1号にギネス認定 テレビの恋人・黒柳徹子の“唯一無二”の魅力【ザテレビジョン35周年特集】

83年、4年連続5度目の紅白歌合戦司会を務める黒柳徹子をザテレビジョンが追った

テレビ放送の草創期から現在まで、テレビ、そして人々に愛され続ける存在がある。今年35周年を迎えたザテレビジョンと日本テレビ史のあゆみを振り返る【ザテレビジョン35周年特集】、今回は、テレビジョンの恋人・黒柳徹子をクローズアップする。

■ 奇跡の50歳! 美しさに思わずため息【‘83年12/9号】

ザテレビジョンが創刊した‘82年当時、NHK紅白歌合戦で紅組司会を務めたのが黒柳徹子その人だ。ザテレビジョンはその翌’83年、4年連続5回目の紅組司会に就任した彼女の会見を取材。なんと、当時50歳。はつらつとした美貌にため息がこぼれる。

彼女ほど、その半生が日本中に知られている人も少ないだろう。幼少期を綴った著書「窓ぎわのトットちゃん」は800万部という戦後最大のベストセラーになり、「トットてれび」(‘16年NHK)、放送中の帯ドラマ劇場「トットちゃん!」(テレビ朝日系)と、半生が2度も連続ドラマ化されている。

幅広い世代から“徹子さん”と親しまれる黒柳は‘33年に東京・乃木坂で誕生。両親の愛情に包まれのびのびと育ち、奔放さゆえに通っていた公立小学校を1年で“退学”したエピソードは「窓ぎわのトットちゃん」でも描かれている。東洋音楽学校(現・東京音楽大学)声楽科を卒業後はNHK専属のテレビ女優一期生としてキャリアをスタートさせ、日本のテレビを草創期から支えた。

■ 「徹子の部屋」はギネス世界記録を更新中!

数々の“初めて”を経験してきた徹子さん。日本初のトーク番組「徹子の部屋」(’76年〜)は‘15年に放送1万回を迎え、迎えたゲストものべ1万人以上。同一司会者による番組の最多放送回数記録でギネス世界記録に認定された。「NHK紅白歌合戦」は’58年(第9回)で紅組初司会。当時最年少、25歳での抜擢だった。その後、’80年から’83年まで4年連続で紅組司会を務め、’15年(第66回)には、82歳にして初めての総合司会に挑戦。出演者発表会見で「初めては最年少で、今度は多分最年長。そういう人はほかにいないと思うので嬉しい」と喜んだ。

徹子さんは“初めて”がよく似合う。テレビ女優一期生としてキャリアをスタートさせてから現在まで、テレビにとって唯一無二の存在であり続ける、そんな彼女に敬意を込めて“テレビジョンの恋人”と呼びたい。

■ 「トットちゃん!」は「人生そのもの」

そんな徹子さんの半生を描く帯ドラマ劇場「トットちゃん!」は、原案・黒柳徹子、脚本・大石静で綴られる、一組の母娘の成長物語。「窓ぎわのトットちゃん」からのエピソードも今回初めて映像化され、徹子(清野菜名、子ども時代:豊嶋花)とその母・朝(松下奈緒)を中心に、家族が紡ぐ“昭和の家族の姿”を、激動の昭和史を交えて描く。制作発表会見にはトレードマークの“タマネギヘア”姿の清野や豊嶋とともに本人、さらには徹子型アンドロイド・tottoが勢ぞろい。この光景に徹子さんは「4人もそろうなんて初めてだと思うわ。皆さんがこの髪型を見慣れちゃうんじゃないかしら」とおちゃめなコメントを残した。ドラマでは、テレビ女優一期生時代や“国境を越えた恋”も描かれるといい、「このドラマは私の人生そのもの」と太鼓判を押す。

ユーモアを忘れず新しいことに挑戦し、60年以上にわたって私たちを魅了し続ける稀代のスター・黒柳徹子。彼女は今もやっぱり“テレビジョンの恋人”なのである。

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