オードリー若林「ウシジマくん200巻作れる!」香港の“魔窟”九龍城の実態に驚愕!

オードリー若林「ウシジマくん200巻作れる!」香港の“魔窟”九龍城の実態に驚愕!

オート?リー・若林正恭

12月25日(月)放送の「激レアさんを連れてきた。」(テレビ朝日系)に、「伝説の無法地帯“九龍城”でただ『物件が安い』という理由で1人暮らししていた人。」として、さいたま市議会議員の吉田一郎さんが登場。麻薬や売春など、様々な悪事が横行していた1950〜60年代の九龍城(香港のスラム街)の実態を振り返り、自身の体験と共に紹介した。

1950〜60年代、“東洋の魔窟”と呼ばれ、麻薬製造工場が4軒、売春宿が30軒以上、賭博場が27軒も連なり、まさに悪事の温床と化していた無法地帯の九龍城。この実態を知ったMCの若林正恭は、「“(闇金)ウシジマくん”200巻分くらい話が作れる(笑)。悪すぎるでしょ! 悪いなぁ〜九龍城」とコメント。のっけから驚きの表情を浮かべた。

吉田さんは、今から21年前の大学時代、就活に嫌気がさして香港に留学。

だが当時の香港は物件が高く、相場の4分の1であった九龍城に目を付けたという。

だが、いざ物件探しをしてみると、建物の中に下水の匂いが漂っており、天井からは汚水が漏れ、地面はヌルヌル。

そんな中でも、吉田さんは物件探しを続け、最上階14階の角部屋に月額1万円で住むことにしたそう。

しかし、そこから最悪の悲劇がスタートする。不審人物と間違われて私服警官に羽交い絞めにされる、建物スレスレのところを飛ぶ飛行機の爆音に悩まされる、頭上からはトイレの汚水が流れてくるなど、想像以上の悲劇に見舞われた吉田さん。

さらに、水道業者がマフィアで、相場の5倍の料金をぼったくられる、汚水やがれきの上を通って大学に通うなどしていたが、九龍城に住んで5カ月、ついに我慢の限界に達して帰国したという。

その後は日本の大学を卒業した吉田さんだが、やはり香港での生活が忘れられず、現地の新聞社に就職。だが、1993年、思い出の九龍城の取り壊しが行われることになり、1994年、九龍城の歴史はあえなく幕を閉じてしまった。

今はキレイに整備され、公園などができているが、吉田さんは「アナーキーでカオスなところが好きで香港に行ったけど、なんかつまんないな…と。今は近所の公園みたいになっちゃっている(笑)」と感想を述べ、若林が「なんか(吉田さん)カッコイイな!」と敬意を払うシーンがあった。

次回は1月3日(水)深夜1:10〜、反響が大きかった回の再放送をお届け。「13歳で家を飛び出したら、そのまま飛び出しっぱなしで43年間も行方不明だった人。」をフィーチャーする。(ザテレビジョン)

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