<半分、青い。>全156回を書き上げた北川悦吏子、永野芽郁とは「同志だったなと思います」

朝ドラ『半分、青い。』を書上げた心境を北川悦吏子氏が語る 「ドラマ終盤は衝撃的」

記事まとめ

  • 北川悦吏子氏がNHK連続テレビ小説『半分、青い。』の脚本を書き上げた心境を語った
  • 北川氏は永野芽郁や松雪泰子、原田知世、豊川悦司の役柄に込めた思いを語っている
  • また、北川氏は終盤の見どころについて、「ちょっと衝撃的、炎上する覚悟はある」とも

<半分、青い。>全156回を書き上げた北川悦吏子、永野芽郁とは「同志だったなと思います」

<半分、青い。>全156回を書き上げた北川悦吏子、永野芽郁とは「同志だったなと思います」

9月29日(土)に最終回を迎える連続テレビ小説「半分、青い。」(NHK総合ほか)を書き上げた北川悦吏子にインタビュー。

北川悦吏子脚本のオリジナル作品で、七転び八起きで昭和から平成を駆け抜けるヒロイン・鈴愛(永野芽郁)の人生を描く連続テレビ小説「半分、青い。」(毎週月〜土曜朝8:00-8:15、NHK総合ほか)。

これまで、鈴愛の片耳が聞こえなくなった幼少期から高校時代、漫画家を目指した青春時代や結婚、出産などさまざまなことを経験してきた鈴愛の奮闘の物語も、あと一週間と少しで結末を迎える。

鈴愛や魅力的なキャラクター達と、驚きの展開で注目を集め続けた本作の脚本を書き上げた北川が、全156回を書き上げた今の心境や、ヒロインを務めあげた永野への印象、執筆中の苦悩などを語った。

■ 書き上げられたのは本当に奇跡で、書き上げられて本当に良かった

――書き上げてみて、今のご心境は?

今は本当に「あしたのジョー」の矢吹丈ように真っ白な灰になったような気分で、魂を抜かれてしまった感じです(笑)。

“15分×156回”の台本を書くことについて、“朝ドラ”を書いた先輩から伝わってきた感じだととても大変そうなので、体の弱い私が「やりたい!」という思いだけで突入して大丈夫だろうかと思ったんですけど、書き始めたらもう書き上げるしかなかったので、本当にすごい体験になりました。

書き上げられたのは本当に奇跡で、書き上げられて本当に良かったです。

“15分×156回”という枠組みの中で脚本を書いたことがなかったので、そこに一番興味をひかれていました。1時間枠の連続ドラマや映画とは全く違うものなので、クリエイター心を刺激されました。

試行錯誤しながら一年半かけて書いているんですけど、大変な時もあるけど、続けていくうちに、どんどん新しい技を編み出していけるので楽しみを感じていました。

――主人公・鈴愛の強い一面と弱い一面のバランスはどのように描かれていましたか?

自分ではそこは計算していなくて、鈴愛という強いヒロインを描きたいという気持ちと、片耳を失聴したり漫画家としての才能がなくて挫折しても、「人は生きていくんだよ」という強いメッセージが自分の中にあったので、それを体現したくて鈴愛ちゃんというヒロインが生まれたと思っています。

私が左耳を失聴して傘をさした時に、左側が雨を降らないと思った時に「半分、青い。」というタイトルが浮かんで来たんです。

直感でひらめいた「半分、青い。」というタイトルをつけたら、「こういう意味かな」と色んな人が考えてくれるんですよね。「『まだまだ人間として青い』という意味かな」など、具体的なタイトルではなかっただけに、色んな人が思いを託せたのかなと思います。

――ヒロイン・鈴愛を見守る晴さん(松雪泰子)、和子さん(原田知世)、そして父親のように鈴愛達を包む秋風先生(豊川悦司)に涙を誘われた視聴者も多いかと思うのですが、この3人に込めた思いは?

晴さんは、ヒロインのお母さんなので私の母を連想したり、私も一人の娘の母なので自分が晴さんの気持ちになったりしました。でも、晴さんは昭和時代のお母さんなので、自分の母を投影した部分が多かったかなと。

やたらと「嫁に行け」と言いますけど、その世代の方は当たり前に言っていて、私はそれを「嫌だ」とも思わず「母親というのはこういうものなのだな」と思ったので、それをそのまま書いた感じですね。

すごく物分かりのいい都会的なお母さんというわけではなくて、自分の田舎の母はこんなことを言うなと、どんなに厳しいことを言っても娘のことを配で大好きだよね、というのを大事にして書きました。

和子さんに関しては原田知世さんへの完全なあて書きで、出産の時に自分の分娩台がないというちょっと笑っちゃうようなところから始められたのは、原田さんだったからだと思います。個人的にお付き合いさせていただいて感じるのは、原田さんって“ジブリの世界”から実写に出てきたような方で、まさに奇跡なような人です。心が綺麗で穏やかで優しい。そのままを、和子さんに託しました。

秋風羽織については、私が創作について思っていることを全て彼が代弁してくれています。私はあそこまで強く生きられないけど、“秋風羽織”というビジュアルを借りれば言えるのかなと思ってどんどん、セリフがエスカレートして行きました(笑)。

私と豊川さんは「愛していると言ってくれ」(1995年、TBS系)で33歳の頃に出会ったのですが、豊川さんは作品によくにのめり込む方だなという印象なので、「愛していると言ってくれ」をやるときも手話は完璧でしたし、画家の役なのでフランス・パリに行ったりしていたし、私もその勢いを借りて、ふたりで人物像を作り上げられたらな、と思ってやってました。

今回は“朝ドラ”だし、お互い五十歳過ぎたし、その時程の熱はないだろうと思っていたんですが、なんのなんの、衰えず当時と同じようなテンションで今回も一緒に作り上げました。

「変わらないんだな、人って」と思うと同時に、だからこそ秋風羽織というキャラクターが出来上がったんだなと思います。

終わった頃には、「還暦になるまでにもう一本やろうよ」と声をかけてくださって、私も体力をつけて頑張らないといけないなと思いました、うれしかったです。

■ その若さでよくこの重圧を乗り越えたなと

――色々な挑戦を今作でされていると思うのですが、そういうアイデアは自然と出てくるのでしょうか?

書いていると自然と出てくるんですけど、156回あって、1話につき考えられる時間は3日しかないんです。

「自然と(アイデアが)浮かばなかったら私はどうなるんだろう」と、一日目、二日目は追い込まれて本当に苦しくて、「今までちゃんと浮かんできたから今回も浮かぶに違いない」と信じるしかないのですが、毎回「どうしよう」と悩む瞬間があります。

そうすると鈴愛ちゃんみたいに甘いものを食べて、糖質を補給して頭を働かす・・・そして、ハッとアイデアを思いついて「これだ!」と書き始めてほっとする…でも次の三日間がすぐに訪れてくるというのが続きましたね。

私にどこまで才能があるのだろうかと試されている気持ちになります。でも、なんとか全部出せたかなと。物語の起伏もありますが、1話につき、ひとつでも面白い展開、ハッとさせるエピソード、セリフなどないといけない、と苦心しました。

――ラブストーリーの相手の集大成と律のことを仰っていましたが、律はどう作り上げたのでしょうか?

律を演じる佐藤さん自身もインタビューで仰っていましたけど、自分でも律の人物像が見えなくて、“色々な人の視線から見た律”という人物像で出来上がってるんですよね。

律は何を考えているのか分かりづらくて、そういうところが魅力だったりすると思うんですけど、156回書いている間に自分でも律との距離を取りかねていた時がありました。

「意外と情けなくて、分かりやすい人にしちゃおうかな」と思う瞬間もあって、そういう面もお母さんが亡くなりそうになって眠れなくなるというので入れたりしてますが、広い心で人を包むタフさもあって、ちょっとゆらゆら人物像のまま進んだんです。わざと。

それが自分としては良かったのかなと思っていて、佐藤さんはとてもお芝居ニュアンスが出る人なので、私のゆらゆらを彼がぐいぐいっとリアルにしていったのかなと。彼はそれができると分かったので、あえてゆらゆらのまま進めていきました。

遊びと言うか、幅が広がった気がします。律はこういう人という焦点を結ばないまま最後までいきたいなという気持ちになってきて、鈴愛はすごく捉えどころがあって輪郭のある人なので、それに対して律はスポンジみたいなに人を吸収すると言うか、人の形を受けて自分の形になって、それでも強いということで終わらせたかったんです。

「こういう人いるよね」というのに落とし込みたくなかったのかなという気がしていて、ある種のファンタジーというか、色々な律がみんなの心の中にいたらいいなと思いながら書いていました。

――約10カ月、ヒロイン・鈴愛を演じきった永野さんの印象は?

毎日出ているのは鈴愛を演じている芽郁ちゃんだけで、毎日書いているのも私だけなんですよね。それはそれは、相当に大変なことなんです。朝ドラはチームで書く作家さんも多いし、そして、クラッシュする人も少なくない。本当に過酷な仕事です。

書く前からヒロインと脚本家が大変だというのを聞いていたんですけど、「それはそうだな」と思いました。

私は自分だけが辛いのかなと思ってましたけど、話を聞くとやっぱり芽郁ちゃんも本当は辛かったらしく、笑えなくなった日もあったし、眠れなくなった日や泣いてる日もあったと仰っていて、初めて、私と同じようにもしくは若い分それ以上に苦しんでいる人がもう一人いたのだなと思いました。

芽郁ちゃんは18歳で私の娘より若くて、その若さでよくこの重圧を乗り越えたなと。現場で寝ている姿をよく見ていたのですが、夜は不安になって眠れなくて、家に帰っても鈴愛が抜けないということを聞いて、タフなだけじゃ感受性豊かな鈴愛は演じられないと思うので、彼女がどれだけ苦しかったのかを思うと、年齢はすごく離れてますけど同志だったなと思います。

“朝ドラ”は撮影の時間が長いので、最後に緊張感が抜けて鈴愛の表情が平らになってくることを心配していたんですけど、彼女はそういうことも全くなく、ずっと集中してお芝居をしてくれました。

――終盤の見どころを教えてください。

ちょっと衝撃的です。「炎上するかも…」という覚悟はできていますが、それを書くことが必要だったから書いたということで、決して炎上をしたくて書いたというわけではないし、煽るために書いたわけでもないです。

確信のあるものしか書けないので、それを書かないと物語が終われないと思ったんです。

“朝ドラ”だからこういうことはやめておこう、という判断はせず、いつも、何がこの物語の本質を一番に表すか、という選択をして来た気がします。

逃げずに書けたのではないかと思います。(ザテレビジョン)

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