宮藤官九郎、大河ドラマ執筆は予想外だった?「どうやって怒られずにやっていこうかな」<“いだてん”ウラ噺(1)>

宮藤官九郎、大河ドラマ執筆は予想外だった?「どうやって怒られずにやっていこうかな」<“いだてん”ウラ噺(1)>

2019年の大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」の脚本を務める宮藤官九郎

2019年1月6日(日)から、大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」(夜8:00-8:45ほか、NHK総合ほか)がスタートする。

同作は、中村勘九郎と阿部サダヲが主演を務め、日本とオリンピックの歴史を描く物語。

日本初参加の1912年のストックホルムオリンピックに出場した男・金栗四三(勘九郎)と、1964年の東京オリンピック開催に奔走した田畑政治(阿部)という2人の主人公がリレー形式で登場し、古今亭志ん生(ビートたけし)の落語によって物語をナビゲートしていく。

今回「ザテレビジョン」では、脚本を務める宮藤官九郎のインタビューを2回にわたって紹介。

前編では、大河ドラマでは33年ぶりの近現代劇で、放送前から話題を呼んでいる今作にかける思いや、主人公を2人に決めた理由などを語ってもらった。

■ 決定したと聞いた時は驚きました

――今までの大河ドラマとは違う部分の多い作品だと思いますが、どのように企画していったんでしょうか。

制作統括の訓覇圭さんと、「また面白いことやりましょう」って何となく話していたんです。

そしたら「大河ドラマでやりませんか?」と言われて。それを聞いたときには「これは大河になるのか? こんな大河今まで見たことないですよね(笑)」って話をしていたので、決定したと聞いた時は驚きました。

大河ドラマって、作者が視聴者から怒られることも多いじゃないですか。だから最初に思ったのは、「1年間どうやって怒られずにやっていこうかな」っていうことでした。

今のところは、大丈夫そうだなと思いながら作っているんですけど、放送されてから何か言われるようなことがあったらちょっと嫌ですね(笑)。

――今作の主人公を金栗四三と田畑政治に決めた理由をお聞かせください。

“オリンピック”に関するドラマを作るなら、日本人が初めてオリンピックに関わった時から物語を始めたいなと思ったんです。

その時代についてのたくさんの資料をいただいて、いろんな人について調べていったんですが、中でも金栗さんに一番シンパシーを感じたんですよね。本番に弱い性格とか、練習し過ぎるとか、いいなぁと思って(笑)。

「大河ドラマ」ということをあまり意識していなかったことも大きいかも知れないんですけど、僕自身は勝ち進んでいったり登りつめていく人にあまり興味がなくて、何かを目指していたのに、できなかった人の方が親近感が沸くんです。

金栗さんは、みんなの期待を背負って1912年のストックホルムオリンピックに出場したんですけど、走っている途中で気を失ってしまうんですよ。そういうところにすごく人間味を感じたんです。

でも、1964年の東京オリンピックまで物語を到達させたいのに、そこには金栗さんは特に関係していないので…これはまずいなと思って(笑)。

そこからまた、いろんな人を調べていって、もう一人の主人公は「田畑政治がいいんじゃないか」ということになりました。

僕もたくさん資料を読んだんですが、田畑さんはすごくオリンピック招致の中心にいて、東京にオリンピックを呼んだ人のはずなのに、具体的に「何をやったか」が全く残ってないんです。

その場に「いた」ということと、すごくいろんなことをしゃべっていたということだけが残っていて、よくよく調べたら、最終的にオリンピックの開催時には大事なポストから下ろされてしまったらしいんです。これは面白いなと思って。

僕自身はオリンピックに関わったことがないので、「金メダルを取った人」とかが主人公だと、すご過ぎてドラマ作れないなって思ってしまうんです。だからこそ、この2人にしようと思いました。

――阿部さんと勘九郎さんの演技を見て、どのように思いましたか?

勘九郎くんとは、歌舞伎で二度ほどご一緒させていただいたことがあるんですが、その時からすごくダイナミックなお芝居をする人という印象があって。今回もそういう姿を期待していたんですけど、かわいいなと思いました。

金栗さんって「かわいい人」なんです。というか、かわいくなかったらあんまり許せないようなことをしてるんですよ。人からお金をもらったり、家に寄りつかないとか、思いつきだけでいろんな事やったり、働いてなかったり。

だから演じている人に“かわいげ”がないと、視聴者の方々も金栗さんのことを好きになれないかもって書きながら思っていたんです。

少しだけですけど勘九郎くんのお芝居を見たら、かわいかったですし、熊本弁もいいなって思いました。

田畑さんに関しては、早口で何言ってるか分かんない上に字が汚い人っていう資料も残っているんですが、阿部くんにぴったりだなと思いました(笑)。

阿部くんならきっと大丈夫だと思うので、「どういう田畑さんになるかな」って楽しみですね。

田畑さんも、そばにいるとなんかしてあげたくなるような、愛されるキャラクターだったそうで、金栗さんとは違う種類だけど、同じようにみんなから好かれていたんだろうなと思っています。

――2人に、演技についての何かアドバイスはされましたか?

一切していないですね。ちょっとだけお芝居を見たら「あぁ、もう大丈夫だな」と思ったので。

勘九郎くんは運動神経がすごくいいんですけど、「けがしないように気を付けてください」っていうことだけは言いました。阿部くんには「泳ぐらしいよ」ってメールしたら、撮影の数日前なのに知らなかったみたいでびっくりしてましたね。それくらいです。

■ お祭りムードに乗っかれないストーリーテラー

――物語のナビゲーターである古今亭志ん生(たけし)は、ナレーションだけではなく出演もする、異色な登場の仕方をしています。その重要な役割を担う人物を志ん生に選んだのはなぜですか?

このドラマの題材をオリンピックに決める前に、戦前戦後をまたいでいる人を主人公に、日本の戦争の歴史を深刻に重く描くのではないドラマをできないかなと考えていたんです。

僕は、戦争中に志ん生が「東京では好きな落語ができないから」って満洲に行って、そこで死ぬ思いをして、帰ってから急に落語家として成功したっていうエピソードがすごく好きなんです。そんな志ん生を主人公にしたらどうですかねという話をしていました。

結局そうはならなかったんですが、オリンピックを斜に見ているというか、お祭りムードに乗っかれないストーリーテラーが、1年間オリンピックの話をするというのもいいなと思って、志ん生の高座を語りにするということを提案しました。

――落語を取り入れたことで、ドラマにどんな要素が加えられているんでしょうか。

このドラマにはいろんな時代の人が出てくるんですけど、語りが落語だと「その頃あの人は」って関係ない人の話をしたり、志ん生が自分の話をしたり、そういうことがやりやすいです。

だから結構便利で(笑)、時間や場所を飛ばすときに重宝しています。

それに、オリンピックの歴史には、落語の演目に当てはめられるようなエピソードが多いんです。

例えば、1908年のロンドンオリンピックで、マラソン中に意識を失った選手をゴールの方に無理やり担いでいって、そのゴールが無効になったっていう「ドランドの悲劇」って呼ばれている出来事があるんです。

その話とか、ちょっと「らくだ」や「粗忽長屋」みたいだなって思ったり。ドラマにも出てくる「富久」っていう落語は、芝から浅草まで走るっていう、そんなことできるの?っていう話なんですけど、そういううそだか本当だか分からないところが、この作品にあっているような気がします。

あとは、描いていくのが将軍とか殿様の話ではなく、庶民の話なので、全体的に下町っぽいんですよね。そういう世界観のドラマなので落語に合うのかなと思っています。

――この作品を通して、視聴者へ伝えたいメッセージがあればお願いします。

オリンピックに日本が初めて参加する時や、オリンピックを日本に呼ぶ時に、日本人は本当にピュアな憧れの気持ちを持ってやっていたということを、僕も書いていて気づかされることが多かったんです。

だから、僕と同じような気持ちを持ってもらえるとうれしいなと思います。

このドラマが終わると本当に東京オリンピックがくるので「昔はお祭りだったんですよ」というのが分かるといいですね。それは、今まさに僕が資料を読みながら脚本を書いていて一番感じていることで、どういうふうに伝えていったらいいかなと思っている部分です。

金栗さんと田畑さんが主人公ではありますけど、2人をまたぐ人物として嘉納治五郎(役所広司)先生がいるんです。

嘉納先生は一番最初に日本人でIOC委員になって、そこからずっとすごく純粋に「オリンピック」を目指していて、けっこう滅茶苦茶なことを言う方なんですよ。

嘉納先生を見ていて、特に当時の純粋さを感じたというか、気が付いたので、そういう人がいたということを知ってもらいたいです。

今、オリンピックに対して、あんまりいいニュースを聞かないというか、日本人みんなが斜に構えて見ている感じがするので、このドラマを見て、2020年のオリンピックが違うように感じられるといいなと思っています。(ザテレビジョン)

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