平祐奈が全編4Kドローン撮影作品で、“いのちのつながり”をたどる

平祐奈が全編4Kドローン撮影作品で、“いのちのつながり”をたどる

平祐奈が“命”と向き合う若者を熱演

2011年3月11日に発生した東日本大震災で、甚大な被害にあった宮城県・女川町で行われている「女川1000年後の命を守る会」。当時小学6年生だった子どもたちが、あの日、津波が到達した21カ所に「いのちの石碑」を立てる活動を続けている。

そんな彼らがハタチを迎えた今年。実際の「女川1000年後の命を守る会」の活動をもとに、若者の姿をフィクションとしてロードムービータッチで描く「女川 いのちの坂道」(NHK BSプレミアム)が3月9日(土)に放送される。

「いのちの石碑」活動の中心メンバーだったが地元の高校を卒業後、ダンサーになる夢をかなえるために上京した主人公・咲(サク)を演じた平祐奈に、本作の撮影で感じたこと、震災当時の心境などを語ってもらった。

■ 平祐奈が東日本大震災当時の心境を語る

――東日本大震災当時、平さんは小学6年生。このドラマの主人公・咲と同い年なんですね

当時のことは、今でも覚えています。あの日は東京にいたのですが学校がちょうどお休みで、のどの調子も悪くて母と病院に行っていました。待合室で待っていたら最初は観葉植物がゆらゆら揺れて、立ち上がろうと思った瞬間に大きく揺れました。その後はどうやって1階まで降りよう、どうやって避難しようかと不安でしたね。

地面にひびが入るのも初めて見ましたし、帰ったら家の中は誰かが入ったんじゃないかってくらい散乱していて。私は大人になれないのかも、と思うくらい怖かったです。未来が見えない感じで…。でも母と一緒だったので、すごく安心できたのを覚えています。

――当時の東日本の映像はニュースなどでご覧になっていましたか?

衝撃的でした。私は家でテレビを見ている一方で、何で東北はこんなことになっているんだろうと。同じ時間に同じ日本にいるとは思えなかったです。

――今回は被害が大きかった女川で撮影されたんですよね?

2018年の9月に、女川にお邪魔させていただき撮影しました。女川はキレイに整備された所もありますが、海側はまだあのころのままだったり、整地したけれどそのままで何もなかったりと、7年半経ってもこんな状況なんだと思う部分と、7年半経ってやっとこうなったんだと思う部分があって、複雑な気持ちになりました。

でも今、女川で暮らしている人はそういういろんな思いを乗り越えて笑顔でいる。私たちも撮影終わりに地元のお店に行ったのですが、みなさんすごく温かったんです。明るくて気さくで。そんな姿を見ていたら、この方たちだから乗り越えられたんだなと思いました。

――モデルとなった「女川1000年後の命を守る会」の存在は知っていましたか?

恥ずかしながら今回のドラマを通して知ったのですが、私と同い年の方がやっていることにも驚きましたね。小学6年生の時に被災して、中学生でこのプロジェクトを考える…。私にはない発想で本当に素晴らしいと思います。

私が何かできることがあるかな?と考えた時、この活動をもっと全国に広めたいと思いました。この作品に出られたことが、いいきかっけになればいいと思います。

――撮影はドキュメンタリータッチで行われていて、実際に咲と平さんが同化していたように感じました

咲と私は同い年で、彼女はダンスを頑張っていて、私もダンスをやっていたことがあって。共通点と共感し合えることが多かったですね。

あと、撮影当時はハタチになる前だったのですが、その頃の年齢って、進路のことだったり、今の自分についてだったりと悩むことだらけなんですよ。そんな女の子の悩みが咲に詰まっていて、その部分も共感できました。

撮影期間はすごく不思議な感覚を味わっていて、何だかセリフがすべて自分の言葉として出てきて。セリフを言うのではなく、口から普通にでてくるというか。(本番前の)テストの段階から涙が止まらなかったです。

あの時期は、女川で生まれ育って被災にあった私と同じ世代の女の子たちが、私の中に舞い降りてきてくれたんじゃないかなって思います。すごく不思議でしたが、温かい時間でした。

――平さんにとって撮影する前と後では何か変化はありましたか?

やはり命の大切さと人の温かさを改めて考えさせられました。咲の彼氏で、彼女のことを時には包み込み、時には前を向かせてくれる翔太(平埜生成)をはじめ、咲の両親と因縁があったおばあちゃんなど、色んな人が出てくるんですが、みんなの気持ちが分かるんですよ。だからこそ辛いこともあるんですが…。

登場人物の温かさが伝わればいいなと思います。一人一人の言葉に重みがあって、私みたいに被災していない方々にも見ていただいて、何かを考えるきっかけになるといいなと思います。

――ダンスシーンもあったんですよね。

私は、子ども番組「おはスタ」(テレビ東京系)に出演していたころ、ダンスをやっていたんです。「おはスタ」卒業のときに、「私はダンスも歌も芝居も楽しいから好きだけど、これからは女優という仕事を通して歌ったり踊ったりしていきたいな」と思っていて。それが叶ったのはうれしかったですね。

ただ、ダンスはダンスでも今回はコンテンポラリーダンス。カラダ全体で、現在のモヤモヤした気持ちや母親への思いなどを表現して、全ての思いを捧げて踊りました。見ていただいた方の、印象に残るシーンになっているといいですね。

――撮影はドローンを使って行われたとのこと。普段の撮影と違いましたか?

どこから撮られているのか全く分からないときが何度もありましたね。普通のカメラで撮るよりもよりリアル感が出ていると思います。上空から撮っているのはドローンならではですが、室内は翔太が手で持って撮影しているという設定だったので、咲が近づいていったり、頭が切れていたりとリアルな映像になっていると思います。

印象的だったのは、最初の方で咲が通っていた少し山の方の小学校に行くシーン。「どこまで波が来たの?」と聞かれて、「下の方全部」というセリフとともにドローンが海から全体を映すのですが、そのスーっと引いて撮る感じが、津波の恐ろしさを表現していて。あの衝撃はドローンならではだと思います。

――色々と考えることも多かった作品だと思いますが、視聴者の方にメッセージをお願いいたします。

このドラマは、本当に多くの方に見ていただきたい作品。「女川1000年後の命を守る会」のことを知ってもらいたいし、今の女川も見てもらいたい。そして(登場する)色んな方の言葉の重みを、感じとっていただきたいです。

被災された方にも、もちろん見てもらいたいですが、特に私と同世代の方にこそ見てもらいたいです。咲のセリフでもありましたが、8年経って「関心がない人が多くなってきている」現状もあると思います。今まで考えてこなかったことを、考えるきっかけにしていただければいいなと思います。(ザテレビジョン・取材・文=玉置晴子)

関連記事(外部サイト)