森山未來、大河初出演を決意した井上剛と大根仁の存在『二人に出会ったことが僕の中でとても大きい』

森山未來、大河初出演を決意した井上剛と大根仁の存在『二人に出会ったことが僕の中でとても大きい』

円喬(松尾スズキ)から、旅に出ろと言われる孝蔵(森山未來)

宮藤官九郎が脚本を務める大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」(夜8:00-8:45ほか、NHK総合ほか)。4月14日(日)に放送される第14回「新世界」からは、新章がスタートし、時代は明治から大正へ。

ストックホルムオリンピックに出場した主人公・金栗四三(中村勘九郎)が帰国し、新たな夢に進んでいく姿を描いていく。

そして、これまで四三の人生を語りつつ、四三と寄り添うように成長してきた美濃部孝蔵(森山未來)も、師匠・橘屋円喬(松尾スズキ)の元を離れて旅に出るという新たな展開を迎える。

のちに昭和の大名人と呼ばれる落語家・古今亭志ん生(ビートたけし)となる孝蔵の歩みを、森山はどのように演じたのか。本作への思いや、役作りについて聞いた。

■ 「いだてん」の脚本は直感的に感じた

――宮藤さんの脚本を読んだ印象はいかがでしたか?

もちろん計算して書いている部分もあると思うんですけど、ロジカルに書いている感じがあまりしなくて。割と直感的に、宮藤さんの気持ちに素直に流れている気がして、楽しそうに書いてるのが伝わってきました。

昭和パート明治パート大正パートを行き来する感じが、読んだ上では全然混乱しなくて、楽しく読めてしまうんですよね。

でも、それを実際に立体的に立ち上げようとすると、スタッフにはすごくややこしいんだろうなと思います(笑)。

――今回が初めて大河ドラマ出演になりますが、他の現場との違いなどはありますか?

美術部も技術部も制作部もみんながそれぞれ積み上げてきたものがあるので、普通に映画や民放さんのドラマでやろうと思っても、できないことができるというか。それはやっぱりすごいと思います。

でも、長いです(笑)。だからやるつもりはなかったんですけど、チーフ演出の井上(剛)さんと大根(仁)さんという二人に、いきなり飲み屋に呼び出されて、「大河ドラマやらないか」って言われたら、断る理由が見つけられなかったですね。

■ 井上さんと大根さんに出会ったことは僕の中でとても大きい

――チーフ演出の井上剛さんと大根さんを引き合わせたのは、森山さんだったとお伺いしました。

僕の中で井上さんと大根さんに出会ったことっていうのは映像に携わる人生の中では大きくて。

井上さんと「その街のこども」(2010年、NHK総合)や「未来は今〜10 years old, 14 years after〜」(2009年、NHK総合)という神戸の震災を題材にした作品を作ったときに、「一緒に作った」という感覚があり、とても信頼している方です。

大根さんも、センスのある人でもあり、一緒に対話して作ってくれる方で。そういう意味では、2010年から2011年ごろに、二人に出会ったことが僕の中でとても大きかったんです。

大根さんが「モテキ」(2010年、テレビ東京系)のときに井上さんの手法にインスパイアされた形で撮ってたということを、なんとなく知っていたので、井上さんを誘って3人で会いましょうって言ったんです。

――大根さんも、森山さんと同じく大河ドラマには初参加ですね。

大根さんはなんだかイキイキしてますよ。

大河ドラマに外部から監督として参加するって、異例だったと思うんです。だから、外からの目線で見たときに、大根さんもいっぱい発見があっただろうし、井上さんを始め内部の人たちは、改めて自分たちのやり方を外部からの目で再認識できて、その相乗効果みたいなものもあるんじゃないかと思います。

大根さんが意識的にスタッフの間を縫って、かき回してる感じがいいなと思いました。この間も大根さん、自分が監督する日じゃなかったんですけど最後までいて、夜食作ってましたからね(笑)。

普段は、自分で企画を立ち上げて自分で撮ってと、背負うものが大きい中で作品を作っていると思うんですけど、今は立ち位置として楽な部分もあるのかもしれないですね。

あんなふうに、いい意味で気楽に楽しんでる大根さんは見たことがない気がします。

■ 「ああ、もう悩まなくていいのかな」って思えました

――若き日の古今亭志ん生を演じる上で、役作りはどのようにしていきましたか?

最初は、とにかく文献を読みました。でも、残っているラジオの音源やテレビの映像の資料は晩年のものなんですよね。だから、戦前の志ん生についてはあまり分からなくて。

ご自身で語ってる資料などはあるんですが、噺家なのでちょっとずつ話を盛ってるんですよ。自分が名前を変えた回数とか、自分の生まれた年とか、なんだったら自分の母親の名前とかも話すごとにまちまちだったりするんです(笑)。

架空と史実の間の人のように感じていました。

僕が年を取ったらたけしさんになるということも、どう考えていいのかさっぱり分からなくて(笑)。たけしさんに寄せた方がいいのかと悩んだりもしました。

それで、たけしさんが撮影されているところを見学しに行ったんです。そしたら、髪の毛は金髪だし、思った以上にたけしさんはたけしさんで。それを見て「ああ、もう悩まなくていいのかな」って思えました。

志ん生の破天荒な生活ぶりについては文献に書いてあることもあったので、参考にしつつも、とにかく楽しくやらせてもらってるって感じです。一個一個の彼のエピソードがはちゃめちゃなので。

――たけしさんからは、何かアドバイスなどがあったんでしょうか。

物語の中では全然接点がないので、なかなかスタジオとかでお話をする機会はないです。

でも、一度だけたけしさんとぐっと近づく回があって、そこで初めて撮影を一緒にさせていただいたんですけど、たけしさんはずっと楽屋に戻らずモニターの前で座っていらっしゃいました。

物静かなんですけど、気軽にしゃべってくれる人で、「古今亭の雰囲気はあったかくていいよね」とおっしゃってました。

たけしさんは、本当に“芸を持った人”という意味の芸人さんなんだなと思いますね。高座に上がるということをちゃんと理解されていて、撮影前に小噺を用意していらっしゃるそうなんです。

僕は覚えたことを高座でやるということしかできないんですけど、彼はエキストラの人たちの表情をとるためにその小噺をやるんですよね。それはすごいなと思います。

大根さん演出の回では、たけしさんは一切撮らずに、長回しでたけしさんの小噺を聞いてる観客を撮ってたことがありました。大根さんがたけしさんに、「なんでもいいんでしゃべってください」って指示してたみたいで。

それをさせる大根さんもすごいなと思いましたし、要求に応えてるたけしさんもすごいと思いました。

■ 落語の世界の中に生きてる人なんだろうな

――美濃部孝蔵という人物の魅力はどんなところだと思いますか?

自分の悲惨な人生を、どこか俯瞰で眺めていて、それを噺に起こして、お客さんを引き付ける笑いに変えられる。そういうことを、彼はいつからできるようになったのかは知らないですけど、落語の世界の中に生きてる人なんだろうなって思います。

彼が落語で話してる内容は、彼自身がやっていることと地続きに感じられて、リアリティがあるんですよね。

自分に起こったえげつない話やひどい話も、どことなく愛嬌のただよったエンターテインメントとして昇華させる。そこに人生を捧げ切っていますよね。

――孝蔵は、登場人物でもあり、語りも務めていますが、演じ分けなどは意識していますか?

撮影しているときは、ナレーションのことは特に意識していないです。僕が話している落語がストーリーにリンクする瞬間とかもありまけど、その“メタ構造”みたいなものを僕自身はことさら意識しなくてもいいかなと思ってます。

四三と田畑という2人がいて、2人と同時代を生きていた生き証人という位置と、狂言回し的なポジションを与えられてるので、そこに乗っかっていければいいかなと。

ナレーションは、大根仁という監督と、「モテキ」(ドラマ、映画)をやったとき、モノローグがむちゃくちゃあったので、それで鍛えられたところはありますね。

――古今亭菊之丞さんから指導を受けて落語にも挑戦されていますが、苦労などはありますか?

まずい落語といい落語っていうものの違いも分からないくらいずぶの素人だったので、とにかく寄席にも通いましたし、映像も見ました。

でもいまだに難しいです。落語だけでなく、江戸前の気質というものをどのように捉えたらいいのか分からなくて。

いくら江戸前の言葉で話をしようとも、メンタルが僕は関西人なので、やっぱり関東とは違うんですよ。人との関わり方や生き方が多少違うので、僕にはない部分である、「竹を割ったような性格」みたいな感じが出せるのかということは気にしていました。

でも、所作指導の友(吉鶴心)さんが、何代も浅草に住んでいる方なんですけど、「江戸や浅草も結局はいろんな人間の集まりであったりして、なにが厳密に江戸なのか、浅草なのかという話は現実的ではない」というお話をされていたんです。

江戸には、大災害があったときに地方からたくさんの人が流れ込んできたときもあったそうですし、一概に何が江戸前の気質なのかっていうのも分からないんですよね。

落語もそうで、たけしさんがたけしさんのままでいるように、僕は僕なりのアプローチで、(落語を)できる方法を見つけられたほうが面白いのかなって。

菊之丞さんが「技術がある程度のところまで到達しても、どうやったら面白くなるかは、結局人となりだったりする」と言ってらっしゃいました。

だからこそ、孝蔵は江戸前の言葉でしゃべるし、気質も意識はするんですけど、あまりそこにとらわれ過ぎなくてもいいのかなって思ってます。

■ 松尾さんを前にすると緊張しますね

――物語の中での孝蔵の役割を、どんなふうに捉えていますか?

古今亭志ん生は、きっと本当に凄惨な人生を送っていたんだと思うんです。

でも、この「いだてん」という作品の中では、孝蔵のパートを本当にリアルに凄惨に描いてしまうのではなく、孝蔵の存在が物語のアクセントになっている瞬間もあるので、ちょっとポップにしておいた方がいいのかなと、監督陣と話していました。

宮藤さんはもともと志ん生が大好きなんですよね。エピソードが豊富な人でもあるので、使いたいタイミングで、物語のフックに使ってる感じがするんです。

だから、繊細に人物像を積み上げていくというよりも、それぞれのシーンでどれだけハネられる存在になれるかということのほうが大事な気がしていますね。

――第14回では、円喬の元から孝蔵が旅立つシーンが描かれますが、松尾さんとの共演ではどのように感じましたか?

松尾さんを前にすると緊張しますね。素晴らしい作家さんでもあり、演出家でもあり、役者さんだと僕は思っているので、本当に師匠としてそこにいるように感じます。

松尾さんって、高圧的な印象はないんですけど、何を考えてるのか分からないから何を出したらいいか分からないみたいな感じがちょっとあるじゃないですか。

そら恐ろしいところが彼の中には常にあるので、その近寄りがたさみたいなものは、円喬と孝蔵の関係を演じる上ではよかったと思います。(ザテレビジョン)

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