沢尻エリカ『母になる』最後までグダグダ解消せず9.7%で終幕

沢尻エリカ『母になる』最後までグダグダ解消せず9.7%で終幕

母になる|日本テレビ公式サイトより

 沢尻エリカ(31)が主演を務める「母になる」(日本テレビ系)最終話(第10話)が6月14日に放送され、平均視聴率9.7%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)となりました。視聴率はもうすぐで2ケタ台というところまで巻き返したが、これまで同様に最後までパッとしないストーリー展開だったことは確か。視聴率がアップしたのは、こわいもの見たさというところだろう。

 ただ、序盤の麻子(小池栄子)の話は実によかった。東京を離れ、旅館で働くことになった麻子。カウンセリングにも通うことになり、自分と母親の関係がいびつなものであったこと、母親が死んだ今でもその母親に縛り付けられていること、などを自覚し再び麻子が抱えていた“闇”について描かれていた。さらには、やっと決まった旅館の仕事でさえも、過去の犯罪が原因でクビになってしまう。どんなに居場所を変えようと麻子の犯した罪は消えないのだ。これは、広を連れ去り勝手に育てていたことでさえも「その罪が消えるはずがない」ということを暗に示しており、もうここでエンディングではいいのでは?と思ったほどよくできていた。

 しかし、当たり前ではあるがやはり結衣(沢尻エリカ)が登場。自分の身勝手な思いだけで麻子にマラソン大会の手紙を送っていたのだ。せっかく広との最後の別れを終え、「ママもがんばってね」という言葉を胸に新たな生活を始めようとしていた麻子にこれは酷すぎる。

 麻子を許せるか許せないかというのは、当事者である柏崎家の問題であって世間的には許されることはないものだ。それなのに、結衣の勝手な都合で手を差し伸べられても「許してもらえるの?今までのことは間違ってなかったの?」と麻子に勘違いさせるだけだろう。いってみれば、麻薬に手を染め更生しようと頑張っている者に対し、上辺だけの優しさをもった奴が気軽に声をかけ、その決意を根底から揺るがせるようなものだ。ここは、木野(中島裕翔)のように強い意志で相手を断つということが必要な場面だったのではなかろうか……。

 さらに、結衣のご都合主義は続く。広のマラソン大会を見にきた麻子と話すシーンでは、麻子に対して気を使っているようで全く空気の読めていない質問ばかりをする。仕事は何をしているのか?慣れたのか?など、まさに個人情報。いつも自分が広の話を聞かれると「なぜあなたに教える必要がある?」という態度だったくせに、一体何様のつもりなのだろう。

 しかも最終的には「あなたに一つだけお礼をいうとしたら……“あなたに奪われた9年間がなければ気づかなかった”ありがとう」と言い放ったのだ。そしてここで、お決まりの明るいエンディングテーマが流れるのだが、この一連の流れには「なぜここでハッピーエンドのような展開に?」という疑問しかない。

 麻子も涙を流し、和解したかのような雰囲気だがそうではないだろう!どう考えても結衣は、これまでの言動とは裏腹に許すつもりはないというのが“あなたに奪われた9年間”という言葉に詰まりすぎている。性格の悪さがひしひしと感じられる言葉なのにも関わらず、この後の展開で結衣が幸せそうにしている姿をみて「よかったね〜」とはいえないだろう。

 最後の最後まで迷走しつづけた『母になる』。しかし、登場する子どもたちを見ても分かるように結局はいい母親でもダメな母親でも子どもにとっては唯一無二の存在であることは確か。そして子どもは、どんな状態でも母親の愛を求め、母親を愛しているということだけはブレていなかった。ただ、このドラマが本当に描きたかった着地点はそこなのだろうか?それでも、視聴者に子どもとの関係性を改めて考えるきっかけを与えたと思えば良くできていたのかもしれない。

文・吉本あや

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