山口智子、ラジオ初挑戦「自分は無口」「だからべらべらしゃべる夫を選びました」

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同番組は、山口智子が所属する芸能プロダクション「研音」の創立40周年とニッポン放送の開局65周年を記念した半年間の期間限定番組。研音所属のタレントが代わる代わるパーソナリティを務めていく。そこで記念すべきトップバッターを飾ったのが山口智子だった。

1990年代に多くのドラマに出演し、高視聴率を叩き出してきた山口。特に木村拓哉と共演したフジテレビ系月9ドラマ『ロングバケーション』(1996年)では、「ロンバケ現象」なる社会現象を巻き起こし、最終回の視聴率は36.7%を記録するなどいまだにこのドラマを記憶している視聴者は多い。しかしこの後はしばらくドラマ出演からは遠ざかってきた山口だが、現在今年9月に最終回を迎えたNHK朝のテレビ小説『なつぞら』、フジテレビ系月9ドラマ『監察医 朝顔』の出演を終えたばかりだ。

そんな山口がこれまで苦手意識を持ち、取り組まなかったのがラジオのパーソナリティだという。番組序盤で「ラジオは生まれて初めての体験です。自分で永遠としゃべり続けることは私にとっては一番不得意分野だと思っておりました。自分は無口だと思っています。本質は人に何か質問を聞かれなければずっと黙っていられます」と意外な事実を語ってから、「だからしゃべる方が好きで、べらべらしゃべる夫を選んでしまいました」と夫で俳優の唐沢寿明と結婚した一因を明かした。

また表舞台から遠ざかっていた期間について、山口は「『何をしていたんですか』とよく聞かれるんですよね」と切り出した。世間のイメージとしては主婦業に専念していたのではないかと言われるが、『ロングバケーション』が終わったときに余裕ができた山口は「自分にとってやりたいことは何だろう」「俳優という仕事をいただいたからには何か人間として成長しなければいけないのではないか」という思いがふつふつと湧き上がってきたそうだ。そして「もっともっと世界を知りたい」という気持ちが芽生えた山口は「旅がちな日々を送っているうちに20年、30年経ってしまった」と振り返った。まず西洋画家の人生を辿り、次に日本の職人を追いかけ、さらに民族音楽に没頭した。日本の職人からは「時間をかけてちゃんとしたものを作っていいんだ」というエンターテインメント業界にも通じるメッセージを受け取り、大変感銘を受けたという。

番組内では冒頭に受験生から届いた「山口さんはどうやってセリフを覚えていますか。暗記物が苦手です」という質問メールに、自身と夫のエピソードを交えて「どんなことにも近道はないです。とにかくやるしかないと思っています」などと回答したり、自身の好きな中南米の国ベリーズのガリフナ民族の音楽をかけたりと、山口ワールド全開だった。

番組最後には「本当にね、まだまだしゃべりたい。どうしましょう。こんなに私、無口なはずだったのが信じられない。皆さんが聞いてくださっていると思うと次から次へとしゃべりたくなってしまいますね。不思議ですね」と新たな自分を発見したかのような山口智子。今後はラジオ出演も増えるかもしれない。

画像は『研音 – KEN ON Inc. 2019年10月5日付Twitter「研音創立40周年&ニッポン放送開局65周年 特別番組『KEN RADIO』本日よりスタート!!」』のスクリーンショット
(TechinsightJapan編集部 関原りあん)