中村哲医師死亡の報道にアジカン後藤正文「信じられない…本当にショックだ」

中村哲医師死亡の報道にアジカン後藤正文「信じられない…本当にショックだ」

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中村哲さんは1946年に福岡県福岡市で生まれ、九州大学医学部を卒業して医師となった。1983年9月に中村さんのパキスタンでの医療活動を支援する非政府組織ペシャワール会(福岡市)が発足。中村さんは1984年5月にペシャワールの病院に着任してハンセン病の治療やアフガン難民キャンプの巡回診療など医療活動を行い、数々の診療所や病院を各地に設立した。

やがて病気を減らしたり、難民問題を解決するには水が必要だと考えるようになり、2002年にはアフガン東部のかんがい用水事業に着手して農村復興のための「緑の大地計画」をスタートした。

そうした活動を続け、約1600本の井戸を掘ったり復旧させ、通した用水路・給排水路を合わせると100km以上になるという。2010年に全長25.5kmの用水路を完成させたことで約3,000haの荒廃地が農地となった。

一方で2008年8月には現地スタッフの伊藤和也さん(当時31)が武装勢力に拉致されて亡くなり、中村さん以外の日本人スタッフが一時撤退したことが思い出される。

そのような環境のなか長年にわたり現地の人々と交流しながら支援活動を続けるには、強靭な精神力と並大抵でない努力があっただろう。

突然の訃報に、アジカン後藤正文はTwitterで「信じられない」と動揺を隠せず、「手紙を書いたこともある。大ファンだった。影響を受けてた。本当にショックだ。。。」とつぶやいた。中村哲さんは彼にとって憧れの存在だったようである。

後藤の投稿にフォロワーから「尊敬できる日本人といったら中村哲さんでした」、「本当に残念です 福岡にいた時、何度かペシャワール会の展示をお手伝いした事あるんですけど 自分から率先して荷物運ばれてた姿を思い出しました」などの反響が寄せられている。

画像は『Gotch 2019年11月7日付Instagram「#repost @wooddy2017」』のスクリーンショット
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)