志村けんさんに「コントは喜劇」と教わった 『バカ殿』で腰元役・野呂佳代が「私は運が良かった」

志村けんさんに「コントは喜劇」と教わった 『バカ殿』で腰元役・野呂佳代が「私は運が良かった」

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タレントの野呂佳代が、新型コロナウイルスによる肺炎で29日に亡くなった志村けんさんとの思い出をブログに綴った。3月30日の朝、訃報を知った彼女はなかなか思いを言葉にできず夕方6時前にようやくブログを更新した。AKB48の2期生として活躍した野呂だが、実は幼少の頃から『志村けんのバカ殿様』を見て憧れていたという。その『バカ殿』で志村さんとの共演を実現させたことを思うと、様々な経験がよみがえって時間がかかったようだ。


当時、志村けんさんがダチョウ倶楽部の上島竜兵やグラビアアイドルの小林恵美(2018年9月30日に引退)とパーソナリティーを務めたJFN系列のラジオ番組『志村けんのFIRST STAGE〜はじめの一歩〜』にゲストで呼ばれた野呂佳代は、「変なおじさん」のコスプレをしてスタジオに現れた。それがきっかけとなり『バカ殿』や『志村けんのだいじょうぶだぁ』への出演に繋がっていく。

彼女は『バカ殿』で腰元役を務めたが、初めて収録に参加した時は「嬉しくてニコニコ浮かれてやっていた」という。するとその日の食事会で深夜3時頃、志村さんが野呂に「コントは喜劇なんだ」とひっそり話してくれた。

「コントはお芝居であり、ちゃんと計算された笑いと、アドリブによって成り立つ」といった趣旨で彼女は今でも覚えており、「志村けんさんに直接教えていただけたことは、本当に本当に一生大事」にしたい経験だと感慨深げに回想していた。

「日本一のコント師から、お笑いを学ぶことができて、お芝居を学ぶことができて。本当感謝しています」「私は運が良かったと改めて思いました。ありがとうございました」と志村さんを偲ぶ野呂佳代。今年の1月中旬に、志村さんと楽屋が隣になって挨拶にうかがったのが最後の対面になったそうで「ニコッと笑って挨拶してくださった笑顔が、なんとも言えない、素敵な笑顔で忘れられませんでした」と明かしている。

そんな彼女のブログにAKB48時代からのファンからコメントがあり、野呂が48グループを卒業してどうなるのかと心配していたが、志村さんのコント番組に出ているのを見て驚きとともに「あぁ、これで安心だ」と喜んだという。

志村さんに感謝していたところ、突然の訃報に「まさかこんな形で亡くなる事になるなんて…」とショックを受けながらも「これが日本人の意識を大きく変えていくだろうし! 是非とも志村けんさんの死を無駄にしない為にも…これまで他人事としか考えていなかった人にも大きな転機になることを切に願いたい」と結んでいた。

画像は『Kayo Noro 野呂佳代 2014年2月26日付Twitter「昨日の志村けんさん バースデー 大ファンで、とても尊敬しています。」』のスクリーンショット
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)