上地雄輔、夏の甲子園中止決定に「俺が生徒だったらどう思っただろう…」

上地雄輔、夏の甲子園中止決定に「俺が生徒だったらどう思っただろう…」

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俳優の上地雄輔はかつて高校球児であり、野球特待生として進学した横浜高校の野球部ではキャッチャーを務めた。後に“平成の怪物”と呼ばれる松坂大輔投手の1学年先輩に当たり、バッテリーを組んで甲子園を目指した間柄だ。その上地雄輔がインスタグラムでこの夏の甲子園が中止と決定されたことについてコメントした。


「遊助」名義でアーティストとしても活動する上地雄輔は、2009年12月16日にリリースした1stアルバム『あの・・こんなんできましたケド。』に収録されている『わんぱく野球バカ』(作詞:遊助、作曲:HASE-T、遊助)は当時、プロ野球選手の小池正晃(中日ドラゴンズ)、坂本勇人(読売ジャイアンツ)、柴原洋(福岡ソフトバンクホークス)、石川雄洋(横浜ベイスターズ)などが2010年の登場曲に用いたものだ。

それから約10年が経ち、上地雄輔は5月20日にブログで「『わんぱく野球バカ』そんな曲を昔作った事がある。それを有名な選手や先輩が打席に入る時に使ってるのを聞くと不思議な気持ちになる」と胸のうちを明かした。

子どもの頃からプロ野球選手を夢見ていた上地は、1991年(小学生時代)、1994年(中学生時代)と全日本選抜メンバーで世界大会に出場した経験を持つ。やがて横浜高校2年生の時に正捕手となったが、同年の全国高等学校野球選手権神奈川大会で試合中に右肘の神経を断裂したため正捕手の座を後輩に譲った。

そのように様々な出来事を思い出したのだろう。「あれから20数年。諦めて。挫折して。泣きまくって。何していいか分からなくて。バカにされまくって笑われて 支えられながら今も1人で立ってる 俺の栄光時代は間違いなく今です」と自らに言い聞かせていた。

新型コロナウイルスの影響を巡って春のセンバツ甲子園が中止となったのに続き、5月20日に夏の甲子園を中止することが決まった。

上地はそれを受け止めて、21日にインスタグラムで「俺だったら今朝どう思ったかな 生徒だったら。親だったら。監督だったら」と自問したが、実は彼なりの思いをブログに綴っていたのである。

「俺は俺通りの人生しか知らないから1パターンしか分からないけど、出来事は消せなくても、絶対に塗り替えられる。消せねーなら塗り重ねりゃいんだ」

「どんな立場でも、プロになったやつらでさえも、悩んで迷って不安を抱えてる。だから 目指せ甲子園だったみんな。いつまでも言おう。全盛期は今だバカ!! て」

そして上地雄輔は「球児、吹奏楽、チアリーダー、監督、コーチ、部長、マネージャー、地元のみんな、辞めた仲間、支えた関係者、そしてご飯を作り声を枯らして来た御父母のみなさん。いつか会った時、ありったけのご苦労様と、元気を届けられるように頑張ります!!」と誓うのだった。

画像2枚目は『上地雄輔 遊助 2020年5月21日付Instagram「俺だったら今朝どう思ったかな」』のスクリーンショット
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)