本日9月28日は、おニャン子クラブ会員番号29番、渡辺美奈代の誕生日です!

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本日9月28日は、おニャン子クラブ会員番号29番、渡辺美奈代の誕生日。今日から40代ラストイヤーに突入なんて、おニャン子の夢ももう遠い昔って痛感してしまいます。

ソロデビューは、86年7月リリースされたシングル「瞳に約束」。素人っぽさを売りにしていたおニャン子の中にあって、生まれながらのアイドルオーラを全身から放った彼女は特異な存在だったと言える。最初の5枚のシングルは、秋元康・後藤次利のコンビが敢えて従来のおニャン子関係のシングルの定型から逃げたと思しき、ど直球のアイドルポップス。勢いに乗って5曲連続オリコン1位初登場という快挙を成し遂げるも、いずれも次の週にその座を降りてしまったのは悲劇だった。おニャン子というレッテルが、当時広域の音楽ファンを遠ざけていた事実は、否定しようがないのだから。歌詞に気恥ずかしさを残した3曲目「TOO ADULT」は仕方ないとしても、前後の4曲はもっと幅広く親しまれてもよかったのにと、今振り返れば思う。


そんな美奈代の「乙女の本懐」が顕になり始めたのは、87年9月におニャン子が「終了」してからだ。作家に遠藤京子を起用しての「ガールズ・オン・ザ・ルーフ」、続く「両手いっぱいのメモリー」(ここからCDシングルのリリースがスタート)の2枚のシングルは、佳曲ではありつつ、「過渡期」というより「助走期間」の作品と呼びたい。88年5月に出た8枚目のシングル「ちょっとFallin’ Love」でいよいよ、勝負カードを提示してくる。そのカードを切った主は、そう、鈴木慶一である。


88年までに鈴木慶一が制作面で絡んだ女性アーティストというと、当時の奥さん・鈴木さえ子は言うに及ばず、杏里、藤真利子、安田成美といったところがまず思い浮かぶ。いずれの作品にも、歌手そのものの個性をプラスに押し出しつつ、ポップマニアをニヤリとさせる要素と「毒」をこっそり潜ませ、月光騎士団印をはっきりと刻印した。その路線がよりフレッシュな形で発展を遂げたのが、87年、美奈代と同じCBSソニー(当時)からデビューした野田幹子の初期の作品群である。そこで初めて浮上した名前が、渚十吾だ。
当時作曲者・演奏者クレジットでこの名前を見て、一体何者なのだ? 誰かの変名(ほんと、ムーンライダーズ周辺にはこれが数多くありすぎて、悩みの種である)なのか? と思ったのを覚えているが、案の定、後者の憶測は当たっていた。後々にこの人が以前ソニーの洋楽部門でディレクターを務めていて、60年代のマニアックなアルバムの再発シリーズに関わったり、あのフランク・ザッパの一連の「変な邦題」の名付け親だったことを知った時の「目から鱗」感といったら。


そんな2人がライダーズの他のメンバーも巻き込んで作り出した、野田幹子のマニアックなガールポップ路線は、そのまま美奈代の新スタートのテンプレートとなる。7インチシングル盤の衰退とシンクロするように、「ちょっとFallin’ Love」をリミックス・ヴァージョンでフィーチャーした4枚目のアルバム『MY BOY -歌え! 太陽-』(88年8月)に散りばめられた「トータル感」は、アルバムアーティストとしての彼女の可能性を感じさせてくれた。それが結実したのが、翌89年2月10日リリースされた続く5作目『恋してると、いいね -the Heart of Love-』だ。このアルバムは、もう名盤の一言に尽きる。



またも想い出話になるが、筆者がムーンライダーズ周辺を取り巻くあれこれについて深く学ぶきっかけを与えてくれたのは、他でもない20世紀最後の約3年間、筆者にとっての「ネット黎明期」に芽生えたコネクションだった。慶一さん、あんなことやあんなこともやっていたの? そんな再学習の一環として、やっとこのアルバムに巡り逢えたのである。発売から当時までに至る音楽的トレンドを考え合わせても、胸キュンポップの王道からかなり遠ざかっていたと言える筆者は、「なんでこんな名盤を聴き過ごしていたのか?」と頭を抱え、アイドルポップ再発見への冒険へと再び足を踏み入れたのだった。

もちろん鈴木・渚両氏が関わっているというだけでも充分魅力的だったが、二人の考える理想的ガールポップが、ここでは全面を覆い尽くす。作詞家陣を全員女性で固めた、等身大の乙女心が表現された言葉陣。一曲毎にニヤリとさせる仕掛けが作動する、ポップフリークらしさ全開のアレンジとサウンド作り。それを抜きにしても、美奈代の歌声ってここまで魅力的だったっけ? 的確にかつ、歌い手の核心をくすぐるプロデュース術の見本とはこれだ。レニー・クラヴィッツが手がけたヴァネッサ・パラディの『ビー・マイ・ベイビー』は、まさに「ポップマニアが趣味性全開でアタックしたガールポップの極致」として、渋谷系以降の日本の女性ヴォーカル・ポップスの雛形に祭り上げられたが、それより3年も前に既にこのアルバムが存在したことを、忘れてはならない。個別の曲にコメントする余地がないのが残念だが、全曲素晴らしい。オリジナルリリース以降、1度も再発されていないのが惜しいし、89年リリースにも関わらず存在しているアナログ盤は激レアである。現在その魅力が再発見されているカセットテープで聴くのも、きっと乙なものだろう。残念ながら、美奈代自身のオリジナルアルバムは、これ以降リリースされていない。数枚のシングルで、さらなる新生面を見せてくれたにも関わらず。

昭和が平成へと転機を迎えたこの時期には、美奈代のみならず、よりピュアなポップへと向かっていった果てに、本当に渋谷系界隈に交わってしまった渡辺満里奈、さらに宍戸留美や吉田真里子、そしてこちらも渚作品の佳曲が収録されている桜井幸子のデビュー作など、ソニー系のアイドルのアルバムに見過ごされた名盤が多く残されている。アナログ盤市場から率先して撤退したメーカーの、アーティスティックな意地というものだろうか。

最後に、渚さんとの私的な思い出話を1つ。2005年、彼のライヴになくてはならない存在となったシンガーでリコーダー奏者、OraNoaさんが小さなカフェで行ったライヴに顔を出した時、集まったお客さんにリコーダーやパーカッションを手渡し、一緒に合奏しましょうという実験的試みが行われた。そのとき会場にいらしていた渚さんや他のアーティスト仲間と一緒に最寄りの駅まで歩いたのは、まるで集団下校のような体験だった。大好きな名盤を手がけたプロデューサーと一緒に「下校」するなんて。
『恋してると、いいね』の冒頭を飾る「抱いてあげる -Remix Love Version-」のイントロで鳴り響くリコーダーを聴くと、そのときのことを思い出す。そして、その経験は筆者が不束ながらやっている「優しい即興演奏」バンド・Racco-1000の活動方針に、大きな影響を与えている。

渡辺美奈代「瞳に約束」「ガールズ・オン・ザ・ルーフ」「ちょっとFallin’ Love」『MY BOY -歌え! 太陽-』『恋してると、いいね -the Heart of Love-』写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト
ソニーミュージック 渡辺美奈代公式サイトはこちら
http://www.sonymusic.co.jp/artist/MinayoWatanabe/

【著者】丸芽志悟 (まるめ・しご) : 不毛な青春時代〜レコード会社勤務を経て、ネットを拠点とする「好き者」として音楽啓蒙活動を開始。『アングラ・カーニバル』『60sビート・ガールズ・コレクション』(共にテイチク)等再発CDの共同監修、ライヴ及びDJイベントの主催をFine Vacation Company名義で手がける。近年は即興演奏を軸とした自由形態バンドRacco-1000を率い活動、フルートなどを担当。初監修コンピレーションアルバム『コロムビア・ガールズ伝説』3タイトルが2017年5月に、その続編として、新たに2タイトルが10月に発売された。

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