4月9日は「旅愁」西崎みどりの誕生日

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藤田まことが演じる仕事人・中村主水が表の世界では裁けぬ悪を退治する人気時代劇「必殺」シリーズの第4作、『暗闇仕留人』の放送がスタートしたのは1974年6月のこと。この番組の主題歌となった「旅愁」が評判を呼び、オリコン・シングル・チャートで最高2位を記録する大ヒットとなった。歌っているのは西崎みどり。余りに切なく哀愁溢れるこの曲を歌っていた当時、彼女はまだ14歳であった。本日4月9日は西崎みどりの誕生日。

西崎みどりは1960年、日本舞踊の西崎流宗家に生まれ、3歳の時に日本舞踊で初舞台を踏み、ほどなくして少女雑誌のモデルなどでも活躍、67年に7歳にして「ちいさなプリンセス」で歌手デビューを果たしている。ちなみにデビュー時、そして現在は「西崎緑」表記で芸能活動をしており、「みどり」を名乗っていたのは、後に平尾昌晃と出会ってからの一定期間のみである。

西崎みどりの歌手デビューは作曲家の遠藤実に見初められたことにある。その前年にリリースされた童謡レコード「赤とんぼ」のジャケットに、モデルで起用された西崎のビジュアルを見て、彼女に歌わせたいと思ったそうで、当時遠藤が社長をつとめていたミノルフォンレコードからのデビューとなった。この「ちいさなプリンセス」は作詞稲葉爽秋、作曲が遠藤で、今振り返ると演歌系の作曲家として知られる遠藤作品としては例外的に可愛らしいナンバーで、当時同じく遠藤が手がけていた山本リンダの、さらに低年齢版と考えていいだろう。

8歳の時に、大ベテランの田端義夫とのデュエット「ねんねん船唄」を発表、この曲がヒットし、知名度が上がる。このコンビではさらに「親星子星」や「さよなら船」などをリリース。いずれも日本的な父娘との関係性が遠藤メロディーにのせて歌われており、デビュー曲以降の彼女は、純歌謡曲寄りの作品で魅力を発揮していた。同時に九重佑三子版『コメットさん』(TBS)にもレギュラー出演するなど、子役としても活躍している。


だが、彼女が歌謡史にその名を刻んだのは、1974年8月1日にリリースされた「旅愁」。その才能に惚れ込んだ平尾が、自身が音楽を手がける「必殺シリーズ」の主題歌に彼女を起用したのだ。遠藤、田端、平尾と、西崎にはどこか大人の創作・表現意欲を掻き立てる魅力があったのだろうか。

「必殺シリーズ」の主題歌は、1作目『必殺仕掛人』の主題歌が山下雄三の歌う「荒野の果てに」で、平尾が得意としたイタリア風、更に言うならマカロニ・ウエスタン調のアップナンバーで、2作目『必殺仕置人』では平尾の一番弟子である三井由美子が歌う「やがて愛の日が」が使用された。3作目『助け人走る』では森本太郎とスーパースターによる「望郷の旅」が主題歌となり、ここまで連続3作、すべて作曲=平尾昌晃、編曲=竜崎孝路のコンビによるもの。「必殺シリーズ」の音楽に平尾=竜崎テイストが定着し始めた時期でもあるが、哀愁がありイタリア調のスケール感を持つメロディー、そして「旅」をテーマにした歌という意味でも、「旅愁」はその決定版となる歌であった。

だが当時、多くの視聴者は、この「旅愁」を歌っている女性歌手がわずか14歳だったと意識してはいなかったのではないだろうか。それほどまでに情感あふれる名唱で、同時に少女らしい純粋な表現力も持ち合わせている。この年齢ならではの歌唱表現でありながら、不思議と「必殺シリーズ」の大人のドラマ世界とシンクロしているのは、西崎の声質にもともと哀感があり、さらに楽曲の持つ力も大きく作用しているのだろう。実際に、「旅愁」は同番組内のメロオケや、アレンジ曲がBGMとして使用されており、このことも楽曲の浸透度を高めた。この大ヒットを受けて西崎自身も、同番組最終回に武家の娘役でゲスト出演し、ラストで雪中をひとり歩くシーンで「旅愁」が流れ、歌とドラマの世界とのリンクが初めて成された。


また「旅愁」は、以降の「必殺シリーズ」の主題歌のベースとなっている。その後もほぼ平尾昌晃=竜崎孝路のコンビが同シリーズの音楽を担当していったこともあるが、この曲を契機として、旅、哀愁、望郷、孤独、放浪といったテーマが歌われることが多くなり、マイナー調のバラード曲が主体となっていくのである。次回作『必殺必中仕事屋稼業』の主題歌は、「旅愁」と同じ片桐和子=平尾=竜崎トリオの作品で、歌はやはり平尾の秘蔵っ子である小沢深雪が歌った。その次の『必殺仕置屋稼業』も同じトリオによる葵三音子の歌唱による「哀愁」と続いた。だが、「旅愁」と西崎の人気は高く、その後の「必殺シリーズ」でも76年の『必殺仕業人』主題歌の「さざなみ」、82年の『必殺仕舞人』主題歌「流星」、85年の『必殺橋掛人』主題歌「もどり道」と、通算4回、同シリーズ主題歌に起用されている。また女優としてもたびたびゲスト出演し、81年の『必殺仕舞人』と続編の82年『新・必殺仕舞人』では踊子役でかつ裏の顔は密偵であるおはな役でレギュラー出演、その後も同シリーズの常連女優として幾多の作品に出演し、『必殺橋掛人』ではついに元締め役となった。西崎は、鮎川いずみと並び「必殺シリーズ」に欠かせない女性陣として、多くのファンに親しまれたのである。


この時代、「和」のテイストを表現できるティーン歌手、女優が少なかったことも、西崎の存在を確固たるものにしていた。時代劇がよく似合う若手女優であり、演歌にはならない純歌謡曲を歌える若手女性歌手は、大変貴重な存在だったのである。その後も彼女は、同じ片桐=平尾=竜崎トリオの「はまなすの旅」や、続く「あなたたずねて」など同傾向の作品をリリースしていく。また、ファースト・アルバム『旅愁 十四歳のぷろふぃーる』は、オリジナル曲、カヴァー曲とも平尾作品を中心に構成されており、ことにやはり平尾門下生の小柳ルミ子作品が「お祭りの夜」「花のようにひそやかに」「京のにわか雨」と3曲も収録されている。このことからも、西崎は叙情派歌謡の歌い手として、小柳に続くこの時期の平尾作品の、最高の体現者であったことがわかる。ことに「花のように〜」の心情表現には抜群のものがあり、一聴をおすすめしたい。
ほかにも及川恒平作詞、平尾作曲によるシングル「東京の女学校に参ります」などは、小柳とも異なる、彼女独自の世界であった。

逆に、異色の楽曲としては77年に発表した「恋のパイナップルサマー」がある。都倉俊一の楽曲は、いわゆる「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ歌謡」で明るく楽しく、西崎はステージでピンク・レディーばりの衣装で歌ったりと、急旋回のアイドル・ポップス化には驚かされたが、今もマニア心をくすぐる1曲となっている。この路線はその後、同じミノルフォン〜徳間音工の新人、天馬ルミ子「教えてください、神様」に継承されているのではなかろうか。

現在も西崎流新宗家として日本舞踊の教室を開催する傍ら、13年には「如月」を発売、これ以降17年の「紅の糸」まで、年1枚のペースで新曲をリリースし歌手としても活躍。テレビの歌番組でも、時折「旅愁」を披露する姿を見ると、その美貌は変わらず、歌唱は大人の女性らしい深みのある表現へと変化している。ここで歌われる哀感や恋慕といった女性の心情表現は、年月を問わず永遠のものであると、西崎の歌唱が証明してくれたのである。

西崎緑・田端義夫「ねんねん船唄」西崎みどり「旅愁」「さざなみ」ジャケット撮影協力:鈴木啓之

【著者】馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70〜80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。近著に『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(シンコーミュージック)、構成を担当した『ヒット曲の料理人 編曲家・萩田光雄の時代』(リットーミュージック)がある。

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