7月30日、今日は英国の至宝ケイト・ブッシュの誕生日

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今日はケイト・ブッシュのバースデイ。1958年7月30日生まれということなので還暦+1歳ということになる。目下のところ彼女についての最新ニュースといえば、全スタジオ作がついにリマスタリングされ、CDとアナログのフォーマットによるボックス・セットとして昨年秋に発売されたことだろうか。これは長く待ち焦がれたものだっただけに、ファンにはたまらないプレゼントとなった。“還暦”のような呼び方、考え方がケイトの暮らす英国にあるとも思えないが、いい意味で人生のひと区切りのタイミングで、彼女自身がこのプロジェクトに関わったというのには、それなりの理由があるのだろう。
※オリジナル・スタジオ・アルバム(リマスター盤)は単体でも発売中。

ケイト・ブッシュ/本名 Catherine Bush(2013年に大英帝国勲章を授けられ、Kate Bush、CBEと表記されることもある)はロンドンから南東に位置する、ケント州ベックレイヒース(Bexleyheath)で生まれている。

Hanger London
こちらのサイトを覗くと、最初にギグを行ったパブなど、ケイトにゆかりのある建物や場所を見る事もできる。

デビューまでの足どりを簡単に紹介しておく。一家は比較的裕福な家庭で、医者だった父親ロバートと看護師になる前はアイリッシュ・ダンサーだったという母ハンナのもと、フォトグラファーの長兄、楽器メーカーに勤め、後にケイトとバンドを組み、レコーディングにも参加する次兄パディ、次いで長女となるケイトが生まれている。日常的に音楽をたしなみ、ケイトも小学生の頃からロバートにピアノの手ほどきをうけ、さらにヴァイオリンや聖歌隊のレッスンに通うなどしていたそうだ。そして中学生くらいになると、早くも兄たちとバンドを組んで自作曲を歌い始めたという。やがて本格的に音楽の道に進むことを決心した彼女はハイスクールを中退し、バンドと共にパブで歌ったり、デモテープを作ってレコード会社に売り込みはじめたりするものの、ほとんど見向きもされなかったという。しまいに兄パディがしびれを切らし、奇策に打って出る。これはよく知られている逸話だが、ツテを頼ってピンク・フロイドのデイブ・ギルモアを自宅に招き、ケイトのデモテープを渡す作戦を画策するのだ。彼女の才能に驚いたギルモアはEMIに売り込むことを進言し、後にケイトのプロデューサーとなるアンドリュー・パウエルを伴ってデモテープを制作する。それだけでは足りず、彼はピンク・フロイドのレコーディングの現場(時期的には1977年の『アニマルズ』)にもケイトを伴い、スタジオにいたEMIのスタッフに彼女との契約を説いて回ったというから相当な入れ込みようである。結果、ケイトは遂に契約を結ぶことに成功するのだ。当時、音楽市場を席巻していたのはイーグルス、フリートウッド・マック、ピーター・フランプトンといったところだった。その一方でパンク勢力が台頭し、早くもXTCなどのポスト・パンク勢力も出現してくるという風だった。女性シンガーにしてもパティ・スミスのようなアーティストの存在もあるものの、英国の女性シンガーとなるとこれといった名は浮かんでこない。そんな中でケイト・ブッシュは登場した。この時、彼女は18歳だった。

デビュー作となった『The Kick Inside』(邦題:天使と小悪魔/1978年)はプログレッシヴとも言える凝った楽曲とポップ性が同居し、今あらためて聴いても斬新な作品だし、自らセルフ・プロデュースに乗り出し、ある意味、特異とも言える才能を爆発させた3rdアルバム『Never For Ever』(邦題:魔物語/1980年)、続く『The Dreaming』(邦題:ドリーミング/1982年)の凄さ、底知れぬ魅力は、現在においてもその力を失っていない。




以降の作品にも言えるが、彼女の音楽の特徴として、歌詞において英国の伝承バラッドのような物語性、寓話的な要素が見られることがあげられるだろうか。時に血なまぐさく、性的なニュアンスを感じさせる表現が散見されることもある。彼女よりも世代としては上になるが、英国にはアン・ブリッグスやジューン・テイバー、シャーリー・コリンズをはじめとした名だたる女性のトラッド、バラッド・シンガーもいるものの、彼女らと決定的に違うのは、ケイトはバラッド的な詞をすべて自作し、それを天才的とも言える凝った楽曲に乗せ、ポップな領域にまで拡大してみせたことだ。それはポピュラー音楽史上、前例のないものだった。また、1979年以降は一切のライブ活動を封印し、スタジオ・ワークに専念するようになる。綿密に楽曲を練り、最新のレコーディング技術を駆使して創造の限りを尽くし実験を繰り返す姿勢には、シンガーという枠ではとらえきれず、彼女を“芸術家”と呼びたがるファンが多いのも頷けるところだ。もちろん、シンガーとしての実力も、とんでもなく凄いのだけれど。

デビューから約40年というキャリアの中で、発表されたのが10作品(ベスト盤、ボックスを除く)というのは、やはり寡作というべきだろう。『Red Shoes』(邦題:レッド・シューズ/1993年)発表後、育児と家事を優先するため、音楽シーンから完全に離れていた時期もある。その間にはビョークやトーリ・エイモスをはじめ、才能豊かな女性アーティストが現れ、“ケイト不在”をことさら寂しく思うこともなかったが、それでも約12年の沈黙を破って『Aerial』(2005年)で彼女がシーンに返り咲いた時は感激したものだ。続いて2011年に発表された『50 Words For Snow』(邦題:雪のための50の言葉)では初共演となったエルトン・ジョンとエモーショナルに歌い上げるさまが感動を呼んだ。かつてのエキセントリックなイメージを彷彿させるような雰囲気の曲もある。それ以上に、ケイト自身の弾くピアノの響き、深みを増したボーカルが素晴らしく、高い精神性のもとに、時代を透徹するようなケイト独自の音楽が、デビュー以来、ずっとキープされているように感じられたものだ。

冒頭の話に戻れば、干支が一巡し、再び0歳からの人生が巡り来る、というのが“還暦”を意味するという。なおかつ還暦を過ぎた現在の年齢というのは、ケイトならずとも、誰しもそろそろ残された人生の尺を考え始めるものではないか。これから何をするのか…。また驚くようなケイトの世界を見せてくれたらと、願ってやまない。

【著者】片山 明(かたやま・あきら):フリーランス・ライター/エディター/デザイナー/ミュージシャン。主な守備範囲はオールドタイム、ブルーグラス、フォーク、アメリカン・ルーツ、フェス以外のウッドストック関連。1999 年から2002 年まで米国ニューヨーク州ウッドストックに住み、その当時の音楽体験をもとに構成した著書『小さな町の小さなライブハウスから』(万象堂)がある。現在はライブ・イベントの企画、運営、プロデュース等のほか、日本のフォーク系アーティストのライナーノーツなどの執筆も手がける。

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