機転とハッタリで掴んだ大学合格

2月14日、Webラジオ「コトブキツカサのオールナイトニッポンi」第81回が配信され、自身の大学受験の思い出について語った。

高校時代は進路に対して具体的な夢はなかったものの「東京の大学に進学したい」という気持ちから東京・埼玉・千葉の大学をいくつか受験。しかし結果は全て不合格に。母親と相談した結果、1年間だけ浪人して予備校に通うことにしたという。

「静岡県富士宮市の実家から出たかったので、静岡市で一人暮らししながらの浪人生活でした。ただ、両親には本当に申し訳ない話なんですが、実はせっかく通わせてもらった予備校では5時間くらいしか授業に出てない。遊んでばかりいました」

「当時は実家からの仕送りがあるからバイトもしていなくて。レンタルビデオ屋さんに行って3本借りて、その日の夜に全部見る。そんな生活をほぼ毎日していたので、あの時が一番映画を観ていました。」

そんな状態で数カ月を過ごした結果、気が付けば受験シーズン。さすがに危機感を覚えたコトブキは“方針”を決めて大学を選んだという。

「今から5教科を勉強するのは無理だと思ったので、思い切って学科試験が少ない学校を探したんです、すると3教科や2教科の学校があった。さらに探したら学科試験ナシという学校が1校だけあったんです。それが、町田にある和光大学の芸術学科でした。学科試験なしは当時では珍しかったので倍率が物凄く高い学科だったんですが、子供の頃から絵を描くのは得意で賞をもらったりしていたので少し自信がありました」

試験は学科がない分、小論文と面接での出来が勝負となるがコトブキは“ある戦略”があったという。

「個人面接では『将来何になりたいですか?』と予想していた。そこで思ったのが芸術学科らしく普通に答えたらパンチが弱いんじゃないかということ。強い印象を残したいと考えた結果『映画監督になります』と答えました」

「論文も『ピカソの絵は誰でも描ける』という書き出しにしました。その結果、面接を担当した先生が『これはどういう意味ですか? 私はあなたとは違う意見です。』と食いついてくれたんです。今思うと本当にこざかしいガキという感じで自分でも恥ずかしい。でも当時からどうやったら相手に印象を残せるかは考えていました」

こうした策を講じた結果、他の受験生の面接時間は5分ほどだったのに対し、コトブキは予定時間を大幅にオーバーして20分以上話し込むことに。最後は面接官から「評定平均では君の学力だと厳しい。でも、明確な目標はあるようだから、なんとかしてあげられるかも」と声を掛けられたという。

「当時、『映画監督になりたい』と言ったのはハッタリだったけれど、それから何10年後、回りまわって映画パーソナリティという仕事になった。これから受験生の人には、参考になるアドバイスではないかもしれませんが、そういう風に将来が決まる人間と思ってリラックスして受験に挑んで欲しいです」

【タイトル】コトブキツカサのオールナイトニッポンi
【メール】 kotobuki@allnightnippon.com
【ハガキ】〒100-8439 ニッポン放送 『コトブキツカサのオールナイトニッポンi』係
【配信日】毎週木曜日
【第81回URL】https://i.allnightnippon.com/p/e_anni_kotobuki_081

関連記事(外部サイト)