相葉雅紀が総合演出家・松本潤に負けない裏方へ成長していた

相葉雅紀が総合演出家・松本潤に負けない裏方へ成長していた

相葉雅紀が総合演出家・松本潤に負けない裏方へ成長していた

 相葉雅紀の主演映画「“それ”がいる森」の封切り(9月30日)に先駆けてこの7月、キャンペーンが始まった。15日にオリジナルクリアファイルが特典で付くムビチケカードが数量限定で発売。初出しとなる限定ビジュアルだ。

 本作は、不可解な怪奇現象が多発する森を舞台に、数々の“それ”を見たという目撃情報をベースに描くホラーエンターテインメント。相葉にとっては、ホラー映画初出演だ。

 そんな相葉は、キャストとスタッフの両方の立場で考えることができる人物だ。裏方の仕事に対する目覚めはかなり早い。96年にジャニーズ事務所に入所して、合宿所を出たあと、1年先輩の滝沢秀明のマンションにおよそ1年間居候していた10代の頃だ。すでにジャニー喜多川社長のDNAを受け継いでいた滝沢氏は「小さいジャニーさん」と呼ばれ、アイドルでありながら舞台演出の総合力にも長けていた。

 自宅でも音楽や映像の編集をしていた滝沢は、相葉の“主演作”を撮影。トム・ハンクスの主演映画「プライベート・ライアン」(98年)の兵隊役を相葉1人に演じさせた5本のショートムービー。滝沢の制作・監督・脚本で完成していく過程に相葉も寄り添い、作品作りのノウハウを学んだ。

 時が過ぎて、99年に嵐がデビュー。名実ともにアイドル界の頂点に立った15年のドームツアー「ARASHI LIVE TOUR 2015 Japonism」では、スチールカメラマンになった。グッズとして発売されたカレンダーの制作に中心人物として関わったのだ。同年9月のコンサート「ARASHI BLAST in Miyagi」でグッズ監修をしていた相葉。カレンダー制作は、この時から視野に入れていた。

「カレンダーのコンセプトは、ツアータイトルで最新アルバム『Japonism』であることが決まっていたので、作りやすかったそうです。テーマは、嵐が日本をタイムスリップ。江戸時代の侍、昭和初期など、12カ月の物語を作りました」(アイドル誌ライター)

 撮影のために、メンバーにはスケジュールを1日押さえてもらった。事前に嵐の代役スタッフ5人を連れて、撮影場所に向かった。カメラ位置やポージングは、代役スタッフで12カ月分を試し撮り。5、6時間で撮影が終わる想定を描いた。ところが、メンバー全員がそろった撮影日は、まさかの雨。相葉は、「ごめんね。でも、雨は撮影には映らないから頑張ろう」と声をかけて、士気が落ちないよう努めたという。

「この撮影では、タイムスケジュールまでしっかり決めていた相葉。苦労の甲斐あって1日ですべてを撮り終えることができ、完成作は好評でした。自身のレギュラー番組の合間を縫った強行スケジュールだったので、さすがに『今回限り』と漏らしたそうです」(前出・アイドル誌ライター)

 嵐の裏方といえば、コンサートの総合演出を続けてきた松本潤が思い浮かぶ。しかし、その裏では相葉もこっそり腕を磨いてきた。嵐が復活する日にはドリームタッグが見られるかもしれない。

(北村ともこ)

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