中島裕翔との因縁…JUMP・山田涼介が“センターを取る”までの努力の日々

中島裕翔との因縁…JUMP・山田涼介が“センターを取る”までの努力の日々

中島裕翔との因縁…JUMP・山田涼介が“センターを取る”までの努力の日々

 Hey!Say!JUMP・山田涼介といえば、不動のセンターだ。今年主演をつとめた連ドラは、テレビ朝日系の「セミオトコ」だけだが、来年1月に主演映画「記憶屋 あなたを忘れない」、続いてV6・岡田准一の主演映画「燃えよ剣」にも出演している。俳優としてのポジションは確固たるものがある。

 ジャニーズの王道といえるキラキラ王子様路線を地で行く山田は、由緒ある帝国劇場で開催された自社ミュージカルで、フライングが許された数少ないタレントだ。KinKi Kids・堂本光一、Sexy Zone・中島健人、King & Prince・平野紫耀というラインナップに加わっていることを考えれば、いかに故・ジャニー喜多川元社長の肝入りだったかがうかがい知れる。

 今年は入所15周年のアニバーサリー。現在はJUMPのアイコンのような存在だが、日の目を見るまでに4年もかかったという。

「山田と同期入所ながらも、およそ半年先輩にあたるのがメンバーの中島裕翔。彼は即、アイドル雑誌の表紙に選抜され、ジャニーズJr.のセンターでマイクを持って歌わせてもらえました。木村拓哉主演の月9ドラマ『エンジン』(フジテレビ系)、KAT-TUN・亀梨和也と山下智久のW主演ドラマ『野ブタ。をプロデュース』(日本テレビ系)に相次いで出演。猛烈プッシュされていましたが、その“中島政権”を4年で終わらせたのが山田さん。血のにじむような努力を続けた賜物でした」(アイドル誌ライター)

 中島と異なり、マイクを持たせてもらえるまでに2年もかかった山田は、4時間のダンスレッスン、3時間の自主練習を怠らなかった。骨折してもレッスン場に行き、周囲から遅れを取ることを嫌った。

 すると06年、タッキー&翼のコンサート2日前、中島の代役で急きょ出演のチャンスが回ってきた。覚えた振りつけは24曲。これを見事にやり遂げた。同じ年、滝沢秀明の主演舞台「滝沢演舞城」でもピンチヒッターの機会に恵まれ、1日2公演の昼と夜の間に振りつけとセリフを全部覚えた。これでようやく、ジャニー氏に認識してもらえた。

「07年にJUMPがデビュー。シングル『Ultra Music Power』は、中島が安定のセンターでした。でも、2枚目の『Dreams come true』以降は、山田に交替。中島から山田になっても売り上げ1位を記録したため、以降は山田さんがトップとなってグループを引っ張りました」(前出・アイドル誌ライター)

 山田と中島の15年にわたるジャニーズ人生は、イコール競り合い、傷つけあった時間といえる。同期、同じ年齢、同じ出身地。元「Hey!Say! 7」のメンバーという歩みまで同じだ。15年たった今は、運命の赤い糸でつながった2人であることを、互いが称賛しあっているという。

(北村ともこ)

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