竹下幸之介(DDTプロレスリング)の『ニシナリライオット』第23回:「全盛期の母・恵子はその豪腕でヤンキーの自転車をリアルボーナスステージにしていた」

DDTプロレスリングの未来を担う若き逸材・竹下幸之介。そんな彼が自身の昔のブログを読み返しながらつづる、地元・西成のお話!


2007年06月14日

322話『せんこう花火を眺めて』

ガシャーン!!!!!!!!!!!
...。
今、僕の真後ろにあるリビングのガラスが割れました( ̄人 ̄)
PM11:30分...家族は皆寝てて僕もブログ書いて寝ようとしてました...
ガラスが破れました…吉田拓郎の心の破片を聴いている時に...


2007年06月17日

329話『久々に』

気を取り直し今くら寿司に来ています!!
画像は大体来たときに食べる平均枚数です!!
今日はカラオケで22才の別れを歌っただけに、22枚の皿です!!
あとマンゴープリンが復活してるのにビックリ( ̄◇ ̄;)
昔あったブルーベリープリンが復活してほしいんだけど...

なかなかうます!!

明日の晩飯はくら寿司でイカが??


当コラムは黒歴史を包み隠さず世に出していくのをテーマにおいている。さすがにここまで身も蓋もない日記を、12年経って24歳になった今、改めて公にするのは心の底から恥ずかしいが過去があってこその今だと思っているので堂々と載せていってやろうと。振り切っていってやろうと。意気込んでます。

この頃の竹下少年が毎週試合を観ていた大阪プロレス。その大阪プロレスの創設者であり現・大阪府和泉市議員"セニョール・ペルフェクト"スペル・デルフィン選手と今週試合を行った。

これまでにも書いているとおり、私自身数多くの名レスラーの皆様と対戦を重ねてきた。藤波辰爾、天龍源一郎、武藤敬司、越中詩郎、秋山準、サブウー……ここに書き切れないほどで、そのたびにレスラー冥利に尽きていて、もう尽ききっていた。

そんななか、スペル・デルフィン選手との対戦はとくにグッとくるものがあった。それもそのはず毎週、観ていたのだから。

会場入りされたデルフィン選手を見たときは、マスクを取った姿をお見かけしたことが、今までなかったので正直誰かわからなくて、反射的にご挨拶をさせていただいたときの声色ですぐに理解した。

デルフィン様のお通りや〜!と。

試合では大阪臨海アッパー、スイングDDT、デルフィンクラッチと立て続けに食らいながら、ふと当時の竹下少年が走馬灯のように頭をよぎった。大阪は新今宮にあったデルフィンアリーナに、レスラーを夢見て足繁く通ってプロレスを観ていた俺。その当時に一瞬、タイムスリップしたような感覚を覚え、心底感動してしまった。

このコラムで隔週、当時の出来事を振り返っているからこそより鮮明にフラッシュバックされたのだろう。大阪臨海アッパーは、西成あいりんアッパーとして勝手に継承させていただこうと思う。(次ページへ)

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