竹下幸之介『ニシナリライオット』第36回:「三沢光晴選手が『きみなら』といってGHCヘビーのベルトを巻いてくれた」

DDTプロレスリングの未来を担う若き逸材・竹下幸之介。そんな彼が自身の昔のブログを読み返しながらつづる、地元・西成のお話!


2007年09月27日

436話『ファ〜イ!! 』

今日の学校も朝から運動会のリハーサル('∇')
とにかく開会式と閉会式を繰り返すという地味な練習...
疲れがたまって二時間目...
組体の練習!!
途中教頭先生が怒り

教頭「君達はやればできるんやから。がんばってください。わかりましたか。」

生徒一同「ヘィ。」

教頭「それがあかん言うてるんや...。ファ〜イ!!!!!やろ!!」

生徒一同「ファイ!!!!!」

ボクは懸命に笑いをこらえながらも友達は大爆笑でしたと...
おしまい...


この教頭先生というのが、小太りで、頬が今にも取れ落ちるんじゃないかというような腫れぼったい顔立ちで、面積が大きすぎる瓶底眼鏡(顔の3分の2を覆っている)をしていて、とにかくよく怒る。

学校一の優等生の宮内君は、わからないことはなんでも質問して学習するタイプだから

「教頭先生、なんでそんなに大きい眼鏡なんですか? 視界よりも明らかに広い部分は必要ないですよね? どういう意図ですか? 教えてください。まさか理由はないのに、そんなに大きい眼鏡してるんですか? 重くないですか? 邪魔じゃないですか? ねえ?」

と、相手に息つく暇を与えない質問攻めを浴びせていた。すると、教頭先生が

「お、お、お、おしゃれじゃーーーー! 君は私をバカにシトルンカーーーーー!!!」

顔を真っ赤にしながら、なぜかときどき片言の日本語になりながら、ぶっ壊れ機能発動。机をひっくり返したり、紙を破いたり、自分のシャツのボタンを引きちぎったり、人にはまったく害を与えない、セルフバイオレンススタイル。それがおもしろくて、ときどき小馬鹿にしては、怒りを巧みに引き出し、顔が真っ赤になり始めると

「逃げろ〜!!」

全力で追いかけてくる教頭先生から、本気で逃げる"ガチンコ"と名付けた鬼ごっこが小学校中の一大ムーブメントに。大人になった今、本当に申し訳なく思います。ごめんなさい…。

ただ、宮内君に指摘されたあとに、職員室では小洒落た黒縁メガネに変えたことはみんな知っていました。あれ、似合ってなかったなあ。


2007年09月29日

438話『スパルタンX 』

友達とNOAHを観るため府立へ(~▽~@)
友達のお父さんが三沢選手と友達のため控え室へ(゜o゜;)
なんと小川良成選手がお出迎え( ̄□ ̄;)!!
なんという贅沢(^_^;)

鈴木鼓太郎選手にGHCジュニアタッグのベルトをかけてもらい写真をとってもらいました(・.・;)
もう感激ヾ(^▽^)ノ

三沢選手にはエナメルバックにサインと写真撮影をしてもらいました(≧∀≦)

友達のお父さんが選手と普通に話してるのをみてすごいな〜と...
すごく皆さんやさしかったですf(^_^)
「丸ちゃん(丸藤選手)にサインと写真とったって」
と言ってくれました(´ー`)

でも三沢選手や丸藤選手、小川選手、鼓太郎選手、潮崎選手にアドバイスをもらいうれしかったです!(^^)!

明日は運動会です!!!


今この原稿を書いている2020年7月23日。このあと、後楽園ホールで試合があるのですが秋山準選手と対戦します。この日の記事に出てきた選手のなかでは、丸藤選手、潮崎選手と対戦させてただきまして。もっと言えば、NOAHさんとは今は親会社も同じです。すごく不思議なご縁を感じざるを得ない。

この日も、当時小5だった僕ですが三沢光晴選手に、

「僕もいつか三沢さんと試合がしたいです!」

と言うと

「下の毛が立派になったらな」

と言われました。本当にかる〜く、コツン。と、エルボーしてもらったのが自慢です。何より嬉しかったのが、この日三沢さんが写真撮影のときに

「きみなら」

そう言って、GHCヘビーのベルトを記念に巻いてくださいました。そのときはその言葉の意味も、よくわからなかったし、すぐに恐縮して自ら外してしまったのを記憶しています。

それから数年してプロレスラーになってから「三沢さんはファンの人や、他人にはベルトをもたせないんだよ」とある方から教えてもらいました。いつかNOAHマットで試合ができる日がきたら、三沢さんにプロレスラーとしてがんばっていることをご報告したいです。

竹下幸之介

1995年5月29日生まれ、大阪府大阪市出身。身長187センチ、95キロ。現役高校生レスラーとして2012年8月の日本武道館大会でデビュー。高校卒業後、日本体育大学へと進学し、学業とプロレスの両立に励み、2018年3月に無事卒業した。卒論のテーマは『ジャーマン・スープレックス』。2018年4月に入江茂弘に敗れるまで、KO-D無差別級王座11回防衛の最多記録を樹立した。地元西成への愛が深く、2018年大みそかの『年越しプロレス』には、「西成魂」の刺繍が入ったオーダーメイドの特攻服をわざわざ作って参戦。“西成のエリートヤンキー幸之介”として愛されている。

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