我が子3人を飲酒ひき逃げ事故で失った家族、楽しい休日のはずが…12年前の「中道大橋事故」を忘れない!

我が子3人を飲酒ひき逃げ事故で失った家族、楽しい休日のはずが…12年前の「中道大橋事故」を忘れない!

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 飲酒運転でひき逃げしたとして、9月6日、元モーニング娘。の吉澤ひとみが逮捕された。

 12年前の福岡市「海の中道大橋」。飲酒運転の福岡市職員の車に時速100キロで追突され、一家5人の乗った車が海に転落した。幼い3人の子どもの命を失った父親は、このように語った。

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「3人は飲酒運転撲滅の問題提起をしたんだ、ムダにただ死んだんじゃないと思っています」

 しかし惨事が大々的に報道されたにもかかわらず、飲酒運転はなくなっていない。平成29年交通安全白書によれば、平成28年中の酒酔い・酒気帯び運転の取り締まり件数は2万6,423件に上る。

 12年前の事件を振り返ってみよう。


■福岡海の中道大橋飲酒運転事故

 飲酒して車を運転した今林大(ふとし、当時22歳)が勤務していたのは、福岡市西部動物管理センター。飼い主のいない犬などを管理する場所だ。引き取り手が現れなければ、ガス室で殺処分される。そんな職場で働いていて心を病んでいたのではないかと憶測する声もネットにはある。

 平成18年8月25日、今林は午後5時ちょうどに西部動物管理センターを出ると、父親名義のマジェスタに乗り午後5時50分に自宅に帰った。自宅の場所は、博多の北に位置する志賀島に突きだした半島の付け根の辺りだ。

 今林は32歳と20歳のソフトボール仲間に携帯で、飲もうと誘いの連絡を送る。彼らが来るまでに缶ビールを1本空け、焼酎をロックで飲み始める。7時に3人が揃うと、自宅から一駅の場所にある焼き鳥屋まで歩き始め、途中でタクシーを拾う。焼き鳥屋で座敷に上がると、ビールの中ジョッキ3杯、芋焼酎の5合瓶を3人で空けた。午後9時半頃、店を出るとタクシーで、今林は帰宅した。

 このまま眠ってしまえば悲劇は起きなかった。だが酔ったままの今林は、マジェスタで近くのスナックに出かける。再び20歳の男を呼び出し、一緒になっていた。タイル職人である少年は、中学時代の野球部で今林の後輩だった。今林はブランデーを飲みながら、カラオケで10曲ほど歌った。

「このまま帰るのも、好かんのお。ナンパに行かんとか」

 今林は少年にそう声をかけた。この日は金曜日だった。2人でマジェスタに乗り、博多に向かう海の中道大橋を走る。車も歩行者も少ないこの大橋では普段から、制限速度50キロのところ、80キロ以上で飛ばしていく車も多かった。

 今林はこれまでもたびたび飲酒運転をしており、「酒を飲んでも前後不覚になったことはない」「酒を飲んだら、シューマッハさ」と豪語していた。

 時速100キロほどで飛ばす今林は、前を走るプラドに激突した。

 大上哲央(あきお)さん(当時33歳)が運転するプラドには、妻かおりさん(当時29歳)、長男の紘彬(ひろあき)くん(4歳)、次男の倫彬(ともあき)くん(3歳)、長女の紗彬(さあや)ちゃん(1歳)が乗っていた。

 ワークライフバランスなどという言葉のなかった時代。働き者の哲央さんの休日は日曜だけで、それ以外の日は子どもたちが眠ってから帰ってくる。お父さんが大好きな子どもたちは、いつも日曜が来るのを心待ちにしていた。

 その日は珍しく早く仕事が終わり、哲央さんは夕食時に帰宅した。翌日は休みだった。

「ご飯を食べたらカブトムシを捕りに行こう」

 哲央さんがそう声をかけると、子どもたちは食べていたカレーライスを大急ぎでかき込み食器の片付けまでして、プラドに乗り込んだ。

 プラドが志賀島に着くと、はしゃぎすぎたのか子どもたちは眠り込んでいた。哲央さんは雌のカブトムシを一匹捕まえると、翌日の子どもたちの喜ぶ顔を楽しみにしながら、プラドのハンドルを握った。

 帰路、プラドが海の中道大橋を走っていると、ルームミラーに反射する、猛スピードで迫ってくる黄と白が入り交じったヘッドランプの光が、哲央さんの目を刺した。今林が運転するマジェスタである。衝撃の後に、プラドが空を飛んでいるのを知り、哲央さんは海に落ちると恐怖を感じた。

 海の中道大橋は車道と歩道の段差が20センチほどしかなく、海側のガードパイプは相撲取りが寄りかかったくらいでも歪んでしまいそうなほど柔なものだった。衝突は午後10時50分頃。プラドは15メートル下の博多湾に転落した。
 プラドから、哲央さんと妻かおりさんは自力で脱出した。メガネをなくしたままで、かおりさんは沈んでいく車に向かって潜っていき、紗彬ちゃん、倫彬くんを助け出し、立ち泳ぎしている哲央さんに渡した。残された紘彬くんを助け出そうと、かおりさんは再び潜っていたが、車はみるみるうちに沈んでいく。

 川の流れは速く、このままでは皆溺れてしまう。泳いで橋桁にしがみつく。レスキュー隊と通りがかった漁船に救出されたが、搬送された病院で、紗彬ちゃん、倫彬くんの死亡が確認された。日付の変わった26日の午前1時50分頃、引き上げられた車の中で死亡していた紘彬くんが発見された。

 衝突を起こした今林は逃走を図ったが、衝撃によってエンジンに不調を来したマジェスタは、270メートル離れた橋の口で停まった。今林は友人に電話して持ってきてもらったペットボトルの水をひたすら飲んだ。血中アルコール濃度を薄めるためである。事故から40分も経って、今林は現場に戻って警察官に追突を起こしたことを申し出た。

「正常な運転が困難だった点と、時速100キロだった点については否認します。アルコールの影響で正常な運転が困難になるほど飲酒はしていませんでした」

 平成19年6月12日、福岡地裁で開かれた初公判で、今林はそう述べた。出頭時の今林の血中アルコール濃度は、「酒気帯び」の範囲内になる、呼気1リットルあたり0.25rという低い数値だった。

 飲酒運転による死亡事故には危険運転致死傷罪が適用される。飲酒運転ではなく、脇見や居眠りなどの過失による死亡事故なら業務上過失致死傷罪になり、危険運転致死傷罪であれば量刑には3倍から4倍の差が付く。

 福岡地裁は業務上過失致死傷罪のみを認定し、懲役7年6ヶ月の判決を下した。検察と被告の双方が控訴し、福岡高裁は危険運転致死傷罪を認定、道路交通法違反と併合して懲役20年の判決を下した。2011年10月31日、最高裁で上告が棄却され、懲役20年の刑が確定した。
(文=深笛義也)


※イメージ画像は、「Thinkstock」より