「ミラーマン」石田信之さん、力尽く 14年がん発覚「余命半年」から壮絶闘病

「ミラーマン」石田信之さん、力尽く 14年がん発覚「余命半年」から壮絶闘病

スポーツ報知のインタビューに応じ、ミラーマンのフィギュアとともに変身ポーズを決めた石田信之さん(2013年)

 70年代に放送されたフジテレビ系特撮ドラマ「ミラーマン」の主人公として知られる俳優の石田信之(いしだ・のぶゆき、本名同じ)さんが、13日午後3時47分、大腸がんからの多臓器転移のため、川崎市内の病院で死去していたことを16日、所属事務所が発表した。68歳だった。この日、近親者のみで葬儀を執り行った。石田さんは14年に大腸がんと診断されたが「僕はミラーマン。ヒーローは負けない」と、数十度にわたる手術を乗り越えるなど壮絶な闘病を続けていた。

 所属事務所によると、石田さんは今年1月初旬に体調を崩し40日間入院。以降は入退院を繰り返していたが、13日の午前に血圧が下がるなどして容体が急変。妻や親族、所属事務所社長らにみとられながら天国に旅立った。2月24日に、原作・脚本を手掛けた舞台「遠き夏の日」の朗読劇に出演したのが最後の仕事となった。

 がんに侵されてもなお、ヒーローだった。石田さんは14年に大腸がんが判明。肝臓にも転移する進行がんで、同時に原発性の胃がんも発覚し、医師からは「手術しなければ余命半年」と診断された。しかし「僕はミラーマン。ヒーローは負けない」と前向きにがんと向き合っていたという。がん細胞を「ミラーマン」に登場する宿敵と同じく「インベーダー」と名付け、数十度の手術にも立ち向かい、闘病しながら仕事も続けていた。

 4月6日にはブログで孫の小学校入学パーティーに参加したことを報告。「お孫君のランドセル姿、、、、見たいと思って頑張ってきました」とつづっていた。今月8日には、見舞いに訪れた事務所社長に「8月の朗読劇のイベントに出られるよう頑張りたい」と話し、10日にも電話で連絡を取り合っていたといい、最期まで意欲が衰えることはなかったという。

 石田さんは秋田県出身。68年に東宝芸能学校に入り、当初は舞台を中心に活躍してきたが70年にTBS系「柔道一直線」でドラマデビュー。翌年フジテレビ系「ミラーマン」の主人公・鏡京太郎役に抜てきされ、1年間ヒーローを務め、日曜夜7時の顔となった。

 この日近親者のみで葬儀が営まれ、荼毘(だび)に付された。後日お別れの会が営まれる予定で、関係者は「詳細は決まっていませんが、本人が8月生まれなので、そのころ会を開ければ」と語った。

 ◆ミラーマン 1971年12月5日〜72年11月26日まで、毎週日曜午後7時からフジテレビ系で放送。全51話。新聞社のカメラマン・鏡京太郎は2次元人である父・ミラーマンと人間の母の間に生まれたが、地球外侵略者・インベーダーにより父は死亡。母も行方知れずとなっていた。自らに代わって地球を守れ、との父のメッセージに応じ、京太郎はミラーマンとなって戦いに臨む。

 ◆石田 信之(いしだ・のぶゆき)1950年8月30日、秋田県北秋田郡森吉町(現・北秋田市)生まれ。東宝芸能学校で学び、70年に「柔道一直線」のオーディションに合格しドラマデビュー。「ミラーマン」以降もNHK大河ドラマ「国盗り物語」、「ケンちゃんシリーズ」(TBS系)、「赤穂浪士」(テレビ朝日系)などにレギュラー出演した。特攻隊員をテーマにした15年の舞台「遠き夏の日」では原作・脚本を手掛けた。