綿引勝彦さん死去 「投了すると伝えてくれ」最後は眠るように逝く

綿引勝彦さんが膵臓がんのため死去 「投了すると伝えて」とつぶやき、眠るように逝く

記事まとめ

  • TBS『天までとどけ』などに出演した綿引勝彦さんが膵臓がんのため死去した
  • 「投了すると伝えて」とつぶやき、最期は眠るように逝ったと妻の樫山文枝が明かした
  • 綿引さんは闘病中も常に前向きで弱音を吐かず、仕事関係者らに病気を伝えなかった

綿引勝彦さん死去 「投了すると伝えてくれ」最後は眠るように逝く

「天までとどけ」パート1に出演した(左から)<a href='/topics/keyword/綿引勝彦/210113455642/'>綿引勝彦</a>さん、<a href='/topics/keyword/岡江久美子/160530019220/'>岡江久美子</a>さん、若林志穂さん

 俳優の綿引勝彦(わたびき・かつひこ、本名同じ)さんが昨年12月30日午後0時54分に膵臓(すいぞう)がんのため、都内の病院で死去していたと13日、所属事務所が発表した。75歳だった。葬儀は近親者のみで行った。TBSドラマ「天までとどけ」で昨年4月に新型コロナウイルスによる肺炎で死去した岡江久美子さん(享年63)と夫婦役を演じ注目を集めた。今春公開の映画「種まく旅人〜華蓮(ハス)のかがやき〜」(井上昌典監督)が遺作となる。

 

 コワモテから優しいお父さん役まで幅広い役柄を演じた綿引さんが昨年末、天国へと旅立った。妻で女優の樫山文枝(79)は「どうしてこうなったのかと嘆いたりもしましたが、仕方ないよと慰め合いながら、特にこの1年はふたりで寄り添えたのが幸せでした」とコメントを寄せた。

 18年8月に膵臓の手術をした際に進行性のがん細胞が見つかり、19年12月には肺に転移。20年2月から化学療法を始めたが、激しい副作用に苦しみながらも寛解は難しく、同11月から緩和療法に切り替えたという。

 12月25日未明に容体が急変し入院。翌26日に強めの酸素を吸入したことで意識を取り戻し、樫山と担当マネジャーと3人で6時間ほど思い出話を語り合ったという。28日に意識を失い、眠りについたまま、30日に穏やかに息を引き取った。

 約3年間の療養期間は、都内の自宅と長野県の山小屋で花を植えたり、将棋をしながら過ごしていたという。樫山は「夢うつつの中で、将棋を指していたのでしょうか、『投了すると伝えてくれ』とつぶやいたのですが、これで人生を投了するということでもあったのでしょうか。最期は眠るように逝きました」と明かした。綿引さんの遺志で葬儀は近親者のみで行い、喪主は樫山が務めた。

 東京都出身の綿引さんは日大芸術学部在学中(のちに中退)の65年に劇団民藝に入団して多くの舞台に出演。在籍中に同じ民藝所属の樫山と結婚した。

 85年に民藝を退団してからはドラマ「鬼平犯科帳」「ナニワ金融道」、映画「極道の妻たち」「しゃぼん玉」「瞽女 GOZE」など名バイプレーヤーとして活躍。悪役が多かったが、新聞記者の良き父を演じた「天までとどけ」が91年にスタートしてからは善人役も増え、ゲーム「ポケットモンスター」のCMでのコミカルな演技も話題となった。

 闘病中も常に前向きで弱音を吐かなかったという綿引さん。周囲に心配をかけないように仕事関係者はもちろん、「天まで―」の子供たちにも病気のことは伝えていなかった。出演者同士のまとめ役だった四男・五郎役の俳優・須藤公一(43)には死去後、担当マネジャーから手紙で訃報を伝えたという。

◆綿引 勝彦(わたびき・かつひこ)1945年11月23日、東京都生まれ。65年、劇団民藝に入団し、「謀殺」などの舞台に出演。68年、日大芸術学部演劇学科を中退。76年、「超高層ホテル殺人事件」でテレビデビュー。77年、映画「八つ墓村」の刑事役で注目される。85年、劇団を退団し、その後、劇団綿帽子を主宰。パート8まで続いたTBS系「天までとどけ」シリーズ(91〜99年)では13人の父親を好演。

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