歌唱力に自信のある若者がカラオケで徳永英明を歌いがちなワケ

歌唱力に自信のある若者がカラオケで徳永英明を歌いがちなワケ

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住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代を捧げるほどハマった歌手の話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、’80年代を振り返ってみましょうーー。

徳永英明は’86年に『レイニーブルー』でデビュー。4枚目のシングル 『輝きながら…』(’87年)が、南野陽子の出演するフジカラーのCMソングに抜擢されたことで知名度を上げた。

「南野さんのキラキラ感と徳永さんの透明な歌声が印象的でした。その後、徳永さんが歌番組に登場したとき、彼自身の初々しさに驚いた人も多かった。デビュー直後から、一部では知られていた彼ですが、あの澄み渡る高音を広く知らしめたのは、やはり『輝きながら…』だったと思います」

そう話すのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(53)。情報源の中心がテレビだった’80年代、CMが与える影響は非常に大きく、お菓子や化粧品のメーカーはこぞって、当時の人気アイドルを登場させた。

そのCMの重要なインパクトとなるのが、CMソングだ。

「とくに徳永さんは『風のエオリア』(’88年)がエアコンのCMに採用されるなど、数秒で視聴者を別世界へと導く、すがすがしいメロディの達人といえます」(牛窪さん・以下同)

徳永の楽曲は、高橋真梨子や河村隆一、クリス・ハート、最近ではK-POPアイドルがカバーしている影響もあり、「いまも歌唱力に自信がある若者が、カラオケでよく歌います」。

■現在では病魔と闘いながら活動

徳永が幼少期を過ごしたのは、チューリップや井上陽水を輩出した福岡県。こうしたことも影響したのか、専門学校中退後、オーディション番組『スター誕生!』(’71〜’83年・日本テレビ系)に、松本明子や本田美奈子と同じ回に出場。残念ながらスカウトを得ることはできなかった。

「“25歳までにデビューできなければ芸能界をあきらめる”と父親と約束していたそうですが、ギリギリの24歳10カ月で、ようやくデビューを果たしています。『好きだ』『愛している』といった直線的な表現ではなく、切ない大人の恋模様を描いた“聞かせるラブソング”の名手として、’90年代に入っても『壊れかけのRadio』(’90年)など、数々のヒット曲を生み出しました」

ところが’01年、徳永は脳血管の病気である「もやもや病」を発症。一時期、活動休止に追い込まれる。その後も’18年に軽度の脳梗塞を発症し、ライブを延期するなど、病魔と闘いながらも精力的に音楽活動をしており、今年6月にはオリジナルアルバムをリリース。

「そうした苦労があってこそ、コロナ禍で『身近な人への愛と感謝』を歌い上げたかったのでは?」

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