羽生結弦「僕自身の希望をつなぐためにも…」 王者の“責任”と“プライド”

グランプリシリーズをすべて欠場した今季、初めて挑む大会となった、12月の全日本選手権。羽生結弦はそこで新プログラムを初披露し、圧巻の滑りに世界中が沸いた。この大会での様子を、あらためて完全レポート。今回は前編をお送りする。

公式練習


久しぶりの実戦を前に気持ちの入った練習。

昨年12月24日からの全日本フィギュアスケート選手権は、前季2月に行われた四大陸選手権以来の実戦のリンクとなった。SP前日の公式練習を終えた羽生結弦は、「久しぶりに複数人でリンクに乗って練習したので、まだ感覚はつかめないところもありましたが、ある意味それも新鮮で…。僕としては本当に久しぶりのことだったので、楽しい感覚もありました」と笑みを浮かべた。

スケジュールの関係で7人で30分間の練習。体の動きには余裕があったが、混み合ったリンクで滑りづらいのか全力を出す様子はなかった。それでも、初披露となるFSの『天と地と』の曲かけでは、最初の4回転ループこそタイミングが合わずに1回転になったが、その後の4回転サルコウからはしっかり決めた。

ステップも感情を込めて滑り、4回転トーループ+3回転トーループにつなげる。そこで曲かけは終わったが、そのまま4回転トーループからの3連続ジャンプとトリプルアクセルまで跳んだ。その後は4回転トーループで転倒するシーンもあったが、苦笑いを浮かべた表情も余裕があふれるものだった。

そんな羽生も、この大会に出ることを決断するまでは迷いもあったという。

「新型コロナに対しての自分の考えは、GPシリーズ欠場を決めた時と変わっていません。個人としては、感染につながるような行動はしたくないと。だから感染の第3波が来ている状態の中で、自分が出場していいかということにかなり葛藤がありました。でも世界選手権に向けてこの大会出場は必須ですし、僕自身の希望をつなぐためにも出させていただきました」

この言葉は、彼の強い決意を感じさせるものだった。世界選手権開催も不透明な段階だったが、開催されれば来年の北京五輪の国別出場枠獲得がかかってくる。その重要な場を、自分の都合だけで回避するわけにはいかないという思い。彼の責任とプライドを感じた。

そんな思いがあったからこそ、羽生はシーズン初戦で新プログラム初披露であったにもかかわらず、ノーミスの演技をしたいという思いは強かったのだろう。それは彼が口にしたジャンプ構成からも感じた。多くの興味は彼が実現したいと話している4回転アクセルに向けられるが、SPはサルコウとトーループの4回転を前半に入れ、最後はトリプルアクセル。そしてFSの4回転は前半のループとサルコウで、後半に連続ジャンプにしたトーループ2本を入れるものだった。

のちに「いま確実に跳べるジャンプを選んで構成を決め、その練習を続けてきた」と話した。コロナ禍の中で葛藤しながら出場を選んだ大会だからこそ、自分が納得できる、現時点での完ぺきな演技を見せたい。それが自分の務めでもあると決意して臨んだ全日本だった。

その気持ちは翌朝の公式練習にも表れていた。曲かけ最初のサルコウこそ途中でやめて2回転にしたが、それ以外の4回転はすべてきれいに決める、前日より気持ちの入った練習を見せていた。

ショートプログラム『Let Me Entertain You』


余裕ある滑りで魅せた4季ぶりのロックナンバー。

「点数的にはいい演技だったとは言えないが、正直楽しむことができた」と話した、SP。羽生は手拍子を求めるしぐさも見せ、軽快で余裕のある滑りを見せた。

観客とコネクトしたいと話していた『レッツ・ゴー・クレイジー』以来4季ぶりのロック『レット・ミー・エンターテイン・ユー』も、彼自身が観客とともに作り上げたいと考えているものだ。

「正直、感染対策で場内の歓声が聞こえてこなかったのは残念でしたが、多分、テレビやネットで見ている方々は声を上げてくれているだろうなと感じたので、楽しみながらやらせてもらいました」

この曲を今季使ったのには理由があった。最初は振り付けのジェフリー・バトル氏にピアノ曲を依頼したが、提示された中にシックリくるものがなかった。また、ニュースなどで世の中の状況を見ているうちに、明るい曲の方がいいのではないかと思うようになった。「観客の皆さんはこのようなつらい時期でもスケートを観てくださるのだから、そのなかで、ちょっと明るい話題になったらいいと思った」。ロックにすることを決めたのはそのためだ。

その演技内容は羽生らしく、つなぎを含めて「いろんなものを加え、いわば、全部見どころにしようかとも思った」と笑顔で言うように、納得するまで自身のこだわりを入れようとする、思いの濃さも感じるものだった。

「最初にステップが送られてきたが、音のとり方や手の振りはほとんど自分でアレンジしたものです。ジャンプに関しては一応『このタイミングでやりたい』と伝えて、ジェフがなんとなく踊っている映像が来たので、それを元にして、『自分のタイミングだったらこうかな』などと考えて振り付けをしました。ジャンプとの兼ね合いや、皆さんが観ていて呼吸できる場所、本当に心からノリきれるようにとか、そういう芸術性みたいなものもちょっと考えながら振りを入れました」

最近では振り付けをしてもらうというより、互いを深く理解し合ったなか、共同作業で作るようになっているというバトル氏との関係。日本にいた今季は密接な連絡を取ることが難しかったため、羽生自身の意向の方が強い振り付けになっている。

そんな経緯もあってか、初披露だった全日本では最初から最後まで楽しそうに滑る姿が印象的だった。ジャンプ構成は余裕を持ったもので、特に後半のトリプルアクセルは大きさもあり、GOE(出来栄え)加点では余裕を見せながらもキレのある踊りをしたステップシークエンスとともに、審判が4点と5点を並べた。約10か月ぶりの実戦だとは思えない、見事なノーミスの演技に思えた。

だが得点は思いのほか伸びず、鍵山優真を4.93点上回る103.53点にとどまった。羽生自身はその原因をジャンプのGOE加点が低かったのだろうと分析していたが、のちに判明したのはトリプルアクセルのあとの“足替えシットスピン”が、規定の姿勢をとれておらず不成立で0点の評価になっていたからだった。

いい流れを作れていたからこそ、ジャンプをすべて終えたあとのスピンは、気持ちが高揚しすぎたのだろう。翌日FSを終え、羽生はSPをこう振り返った。

「あの演技は粗削りだったと思う。見せたい気持ちはあるけど、その中で『ジャンプが跳べた、ウェーイ』みたいな感じではなく、もっとスマートに…。イギリスのロックらしく、もっと余裕のあるイカしたものにしたいなと思いました」

羽生結弦だからこそのこだわりだ。

『Let Me Entertain You』作曲・ロビー・ウィリアムス 振り付け・ジェフリー・バトル『Let’s Go Crazy』以来、自身3曲目のロックのプログラム。今回はスピンのミスはあったが、演技構成点も5項目すべてが9点台中盤と、伸びしろを残した演技だった。

はにゅう・ゆづる 1994年12月7日生まれ、宮城県出身。4歳からスケートを始める。’14年、’18年のオリンピックで2連覇を成し遂げ、昨年、四大陸選手権で初優勝し、男子で初のスーパースラムを達成。

※『anan』2021年4月7日号より。写真・能登 直(a presto) 取材、文・折山淑美

(by anan編集部)

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