『大豆田とわ子』が“画期的”な理由とは? 作家・柚木麻子が分析

ドラマをこよなく愛する作家・柚木麻子さん。毎クール、注目ドラマをピックアップし、鋭い考察を加えて魅力を深読みします。

“優しさ”に逃げず、全力で意志を伝える登場人物たち。


火曜二十一時『大豆田とわ子と三人の元夫』は、脚本も音楽も役者もどこをとっても、今期一番贅沢なドラマだ。住宅建設会社社長のとわ子(松たか子)と今なお生活圏内にいるex=元夫たち(松田龍平・角田晃広・岡田将生)との関係は、切なさも漂うものの、居心地が良さそう。とわ子自身にヨリを戻す気がまったくないせいもあるが、元夫三人とも復縁を無理強いするような性格ではない。全員の動きをいつも静観している娘(豊嶋花)や親友(市川実日子)など同性たちとの関係も良好で、全体的に湿度が低い。また、元夫それぞれに新しい恋の予感がないでもないため、共依存関係にも陥っていない。お互いを適度な距離感で気にかけていて、ライフスタイルや食べ物の好みも把握、何かあった時は慰めあえる。四人のゆるゆるした大人の関係性はある意味、理想郷にも見える。こんな風通しの良いコメディ、今から二十八年前には考えられなかった。

そう、あの頃、exとの再会はホラーとして描かれていたのだ。新婚早々、同じマンションの同じ階に、自分をフッた元恋人が住んでいるだけでも相当イヤなのに、それがあの佐野史郎であるという全人類にとって最悪の恐怖を描いた『誰にも言えない』が最高視聴率33.7パーセントを叩き出していたあの時代である。松任谷由実の名曲「真夏の夜の夢」が流れる中、マンションの敷地を逃げ惑う賀来千香子の背中を執拗に追いかけるオープニングだけでも、トラウマ級のおぞましさだ。佐野史郎演じる麻利夫さんの、一方的に恋人を捨てておきながら、どういうわけか異様な執着をみせる様子は、当時まだその概念を知られていなかったストーカーそのものだ。平和だった新婚夫婦の日常は阿鼻叫喚の地獄絵と化し、関係ないマンションの住民まで迷惑を被る。個人的には前作『ずっとあなたが好きだった』で同じく佐野が怪演した冬彦さんより麻利夫さんの方が百倍怖い。どっちもイヤだが、麻利夫さんは過去を美化していて、目の前の相手をまったく見ていないため、対話が成立せず、なによりも性暴力加害者だ。exとの突然の再会といえば、ド修羅場がつきものな時代はまだまだ続く。

2001年の『昔の男』では、藤原紀香が元彼の大沢たかおと再会し、気持ちに火がつくものの、それぞれの今のパートナーがそれを許すはずもなく、周囲を巻き込んで全員どん底、やっぱり地獄絵?? 大沢たかおの妻、富田靖子が赤ずきんコスプレで紀香のマンションに襲撃する場面など本当に恐ろしかった。もちろん、そこは内館牧子脚本なので、ハッピーエンドとなるが、どうしても気になるのが国内ドラマ特有のこのコミュニケーション能力の乏しさだ。彼らはその時、絶対に言わなければならないことを、なぜか後回しにしてしまう。もちろん、気遣いゆえだったりするのだが結果、関係ない人まで傷つけていく。解決したのも、富田靖子の方が折れて、たかおの背中を押してくれたからに過ぎない。それもこれも、主人公カップルが、思い出を大切にするあまり、目の前の生活や人間関係をないがしろにしがちなせいだからではないか。

しかし、同じ年の夏クールに放送された『非婚家族』は、周囲を不幸にしないexが登場し、めっぽう新鮮だった。演じるのは真田広之。傲慢な性格が災いし、リストラされてしまうばかりではなく、二番目の妻(米倉涼子)に家出される。家事も育児もできないので幼い子供を抱えて元妻(鈴木京香)のマンションに転がり込む。どん底状態を味わった元エリートが、次第に生きるとは何か、人と関わるとはどういうことかを学びはじめ、最終的には家事育児ばかりではなく介護もこなせる善人に変貌。どちらの元妻とも復縁せず、彼女たちの幸せを願って黒子に徹して送り出すというところなど、大変いい。しかし、真田が真人間になるまでの京香の献身っぷりを思うと、いやいや、本当にフェアなのかな、という気がしないでもない。男が昔の彼女ないし妻に再会することで、人間的成長を遂げるという現象がこの後、ドラマで多くみられるようになる。

2003年の『元カレ』は、堂本剛、元カノ役の広末涼子、今カノ役の内山理名という当時最高にフレッシュなキャストによる、デパートを舞台にした爽やかな新卒ドラマだった……が、二人の女性の間で揺れ動く、優柔不断な堂本剛にイライラした記憶がある。彼は判断を伸ばしに伸ばしたあげく、ラスト直前に内山理名の方から彼の本心に気付いて、広末に向かって背中を押してもらうまで、本音を言わないのである。余談だが、ちょうどこの頃、登場人物たち同様に就職した私は、テレビからしばらく離れることになるのだが、慣れない生活で忙しかったというよりも、こういったコミュニケーション不全が仕方がないこととして放置される日本ドラマに、嫌気がさしたからかもしれない。「優しさ」という印籠を掲げて、言うべきことをなぜか言わない、他人の時間を平気で奪う、結果全員を傷つける――。不器用といえば聞こえはいいが、ひょっとして、麻利夫さんのサイコっぷりとどこか似てはいないだろうか。しかし、約二十年の間に日本のドラマは進歩を遂げた。

一昨年放送された『モトカレマニア』もテーマは今まであげたものと共通しているが、ヒロイン(新木優子)は主体的でなおかつ雄弁だ。昔の恋人(高良健吾)が異様に輝いてみえるという悩みを抱えているものの、そんな自分を客観視してもいて、相手に本音を伝えることをあきらめない。同性との連帯も素晴らしかったのだが、原作にあったフェミニズム要素はやや薄まっている。

『大豆田とわ子〜』がexドラマとして画期的なのは「生活」と「同意」の描き方ではないだろうか。これまでのexモノは、恋をしていた過去は孤独な今より素晴らしい、が大前提だった。ゆえに登場人物が目の前の生活を一人でエンジョイする描写は薄かった。『大豆田〜』では登場人物全員が毎回過去を振り返ってはいるものの、それぞれが現在の生活を慈しんでいる様子がパンダアイテム、ビニール傘、コロッケ、網戸などの小道具によく表れている。そして、男女に限らず、二人の人間が何か始める時には必ず「同意」が交わされている。喋りすぎるくらい喋る登場人物たちは「優しさ」や「不器用」にも絶対逃げない。言うべきことを全力で相手に伝える。壁ドンも突然のキスも心ときめくサプライズもない、日常描写過多なお喋りラブコメがこんなに楽だなんて私は初めて知った。大豆田とわ子が魅力的なのは、元夫たちと親しくしながらも、コミュニケーションに前向きで、いつも暮らしを楽しみ、過去より未来を見据えているからかもしれない。

『大豆田とわ子と三人の元夫』は、カンテレ・フジテレビ系にて毎週火曜21時〜放送中。脚本:坂元裕二 出演:松たか子、岡田将生、角田晃広、松田龍平ほか

ゆずき・あさこ 1981年、東京都生まれ。2008年、「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞受賞。小学館webきららにて「らんたん」連載中。

※『anan』2021年6月16日号より。イラスト・サイトウユウスケ

(by anan編集部)

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