早見和真「手応えを感じた」 愛媛での凄惨な事件に向き合い描いた『八月の母』

2020年『ザ・ロイヤルファミリー』で山本周五郎賞を受賞した早見和真さんが、新しい著書『八月の母』の執筆の裏側を語ってくださいました。

母性という呪いに搦め捕られた女性たちがたどり着いた先には。


2014年に、愛媛県伊予市の団地で、凄惨な少女集団暴行死事件があった。犠牲になったのは当時17歳だった少女。

「松山に引っ越してから、あの事件を知っているかとよく聞かれました。調べてみると救いのない事件で、そのころの自分では書くことに立ち向かうこともできず、そのまま見て見ぬふりをしました」

愛媛には期間限定で住むことを決めていた早見和真さん。愛媛を離れる数年前から、住んでみてわかったこの土地への複雑な思いや、自分の中の宿題だった罪とは何かを問う物語『イノセント・デイズ』に連なる作品を書きたい気持ちが湧き上がり、再び事件に向き合うことにした。

だが、実際の事件はあくまでスプリングボード。早見さんが『八月の母』で描き出したのは、母性神話への疑義や、社会通念の罪深さだ。

「あらためて報道記事などを読み直してみると、この事件の根幹にあるのは、主犯格とされた女性の母性ではないかという仮説が浮かんだんです。記事の中には、彼女は10代の子どもたちに愛情をかけていたというコメントもあった。いい母親になりたいという憧れと、母になる以外の生き方が許されないような空気と。その鎖に女性たちはがんじがらめになり、連鎖していき、事件は起こさないけれど苦しんでいる女性にはたくさん会ってきました」

物語は、とある家族の仲睦まじさを描くプロローグがまず置かれ、続く第一部で、愛娘エリカを授かった喜びに満たされる越智美智子の幼少期の回想から始まる。1977年8月から時系列に沿って、第一部は美智子とエリカの、第二部はエリカとその娘の陽向や愛華、エリカの団地に出入りする紘子たちの関わりが描かれていく。

閉塞感のある土地で、女性に生まれてしまったことの因果。3世代の女たちは、そこから抜け出そうとあがくのだが…。やがて、歪な愛憎が暴走した事件が起きる。

「社会通念って、女性たちを縛ると同時に、あきらめたり流されたりすることの言い訳にも使えてしまう。愛媛で生まれて育って『ここしか知らない』と言う人と話していて、言葉が通い合わないと感じたことも多かったんですよね。絆や結びつきって肯定的に描かれることが多いけれど、この作品には、決別や分断から生まれる希望を託してみたいと思った。男の僕が母性について語っていいのかという不安は抱えつつ、だからこそ苦しみのシーンをしっかり書いていくほどこのエピローグが生きると思っていました。これまででいちばん手応えを感じましたね」

物語全体を覆う重苦しさが、ラスト30数ページで反転する。読んだ人だけが知る、滂沱のカタルシスが待っている。

はやみ・かずまさ 1977年、神奈川県生まれ。作家。2015年『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、’20年『ザ・ロイヤルファミリー』で山本周五郎賞を受賞。

『八月の母』 無垢で無自覚な人々が背負わせた罪を描いた『イノセント・デイズ』。本書もまた、女性ゆえに追い詰められていく悲劇が胸に刺さる。KADOKAWA 1980円

※『anan』2022年5月25日号より。写真・土佐麻理子 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子

(by anan編集部)

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