国際派俳優として活躍中の尚玄「僕の見た目では日本で役がないと言われた」

世界三大映画祭でも注目を集めているフィリピンの巨匠ブリランテ・メンドーサ監督の日本公開最新作は、ある日本人の実話をもとに描いた『義足のボクサー GENSAN PUNCH』。そこで、国内外で話題となっている本作についてこちらの方にお話をうかがってきました。

尚玄さん


【映画、ときどき私】 vol. 489

日本で初となる義足のプロボクサー土山直純さんをモデルにした主人公の津山尚生を演じているのは、沖縄出身の俳優・尚玄さん。アメリカで演技を学んだのち、数多くの海外作品に出演し、現在は国際的な活躍を見せています。今回は、主演兼プロデューサーとして携わった本作に込めた思いや完成までの苦労、そしてメンドーサ監督による驚きの演出方法などについて、語っていただきました。

―本作のモデルである土山さんとご友人であったことがきっかけとなり、尚玄さんが企画を立ち上げたそうですが、映画化したいと思った理由から教えてください。

尚玄さん 彼はもともとサッカーをしていましたが、義足では試合に出られないと言われてサッカーをやめることになってしまい、そのあとに始めたボクシングでもいい結果を残したのに前例がないという理由でプロになることができませんでした。ただ、そこで諦めることなくフィリピンに渡り、プロになって夢を叶えてしまうのはすごいなと。そんな彼の生きざまに感銘を受けて、これは映画にすべきだと思いました。

―そういう姿は、ご自身とも重なるところがあったのでしょうか。

尚玄さん そうですね。僕は顔が日本人離れしているので、モデルを始めたころはハーフブームの影響もあってすぐにお仕事をいただけたんですが、本当にやりたいと思っていた俳優に移行しようとしたら、日本だと僕の見た目では役がないと言われました。実際、外国人の役や限られた配役のオファーばかりが来ましたね……。

そこで、ニューヨークに渡って演技の勉強をし、海外でいろいろなオーディションを受けることに。僕は自分のことをアウトサイダーだとつねに思っていましたが、沖縄生まれというマイノリティでもあると感じていたので、形は違えど、ハンデを持っている土山くんに共鳴していたんだと思います。

完成までに大変なことは、たくさんあった


―なるほど。構想から完成までは8年ほどかかったそうですが、特に苦労したのはどのあたりですか?

尚玄さん 大変だったことは、本当にたくさんありました。最近は日本でも山田孝之さんのように俳優が映画の監督をしたり、プロデュースをしたりするようになっていますが、それも日本全国の人たちがわかるくらいの知名度がないと難しいのが現状。あと、日本では原作モノじゃないとなかなか予算も下りないような状況なので、そういう意味でも時間がかかってしまいました。

―そんななかで、フィリピンでもトップクラスのブリランテ・メンドーサ監督に直談判されたというのがすごいですが、どのようにして交渉されたのでしょうか。

尚玄さん まずは、僕が仲良くさせていただいているシンガポールのエリック・クー監督が紹介してくれたおかげで、釜山国際映画祭の期間中にお会いすることができました。そのときにいろいろとお話しましたが、メンドーサ監督のもとには世界中からいろいろな話が来るようなので、最初は僕がどのくらい本気なのかわからなかったみたいです。

その直後に、東京国際映画祭で来日されていたので、そこでもお話をしたんですが、そしたら「今度はフィリピンにおいでよ」と。それを聞いてすぐにプロデューサーと一緒にフィリピンへ行き、「僕たちはこれだけあなたとやりたいんです」という気持ちを伝えました。もともと彼の映画のファンだったこともありますが、僕らは『ロッキー』のようなスポ根映画ではなく、主人公が挑戦する姿をドキュメンタリーっぽく撮りたかったので、メンドーサ監督にお願いしたいと思っていたのです。

台本をまったく見せない現場は、初めてのことだった


―最終的には、どのようにして監督を口説き落としたのでしょうか。

尚玄さん 監督のスタジオまで行ったときくらいからだんだん本気なんだろうと感じてくれたみたいですが、彼はほかの企画が詰まっていたので、最初は自分の弟子でどうかという提案がありました。弟子といっても、すでにヴェネチア国際映画祭などで賞をもらっているような才能のある監督。

僕たちもその方にお願いしようと決めたので、一緒に沖縄や東京でシナリオハンティングをしていたら、それが終わった直後に、メンドーサ監督から「やっぱり俺がやることにしたよ」と。本当にびっくりしてしまって、プロデューサーとも「いま、『俺がやる』って言ったよね?」と確認し合ったほど(笑)。信じられなかったですが、うれしかったです。

―思いが伝わったんですね。メンドーサ監督の現場では俳優に台本を見せないと聞き、非常に驚きましたが、どのようにして撮影を進めていたのでしょうか。

尚玄さん いままでも似たような状況で映画を撮ったことはありましたが、完全に台本を見せないというのは初めてのことでした。撮影の直前にメンドーサ監督から渡されたのは、こういう言葉を交わしてほしいと書かれた紙切れだけ。それもアシスタントが雑に書いているので、読めなかったりするんですけどね(笑)。

でも、ちゃんと意図が伝われば、指示通りに言わなくてもOKでしたし、自分がほかのことを言いたくなったらそれでもいいというくらいとても自由な現場でした。事前に、ほかの人物との関係性やキャラクターについてはたくさん話をしていたので、それが自分に染み込んでいたからできたのかなとは思います。監督からは「何も心配しなくていい。ただ、カメラの前に立って津山尚生でいてくれればいいよ」と言われました。

監督によって、思いがけない言葉を引き出された


―そういった現場では、ご自身でも思いがけない部分を引き出されることもあったのでは?

尚玄さん それはありましたね。実際、コーチと対面するシーンを撮ったとき、自分では思ってもいなかったセリフが出てきたことも。そこで、僕はある言葉をコーチに向けて放ちますが、それは尚生が父親に対して抱いていた感情でもあったので、思いがけずその言葉が出てきたんだと思います。

メンドーサ監督というのは、「インナー・モノローグ」と呼ばれる心のなかで思っている言葉をすごく大事にされている方。だからこそ、目だけで表現したり、沈黙の時間に心が動かされたりすることもありましたが、それこそがメンドーサ監督が長年築き上げてきたメソッドなんだと感じました。

―また、ボクサー役を演じるうえでは、体脂肪率ひと桁台をキープするなど、かなりハードなトレーニングもされたとか。

尚玄さん もともとバスケットをしていたこともあって、運動は昔からずっとしていたので、僕としてはそこまで特別なことをしていた感覚はないですね。今回は、週に5~6回ボクシングの練習をしていたくらいです。あとは、極力ボクサーと同じような生活をしたかったので、撮影の数か月前からお酒は1滴も飲まないようにしていました。

とはいえ、そもそも撮影に入るとお酒は全然飲まなくなるタイプですし、僕はマインドセットが得意なほうなので、1回ボクサーになりきれれば、そういったこともまったく苦ではないんですよ。

フィリピンでは、みんなと本当のファミリーになれた


―すごいですね。フィリピンの俳優さんたちとは、どのようにしてコミュニケーションを取っていましたか?

尚玄さん フィリピンの方々は愛情深いですし、いい意味ですぐに距離を縮めてくるので、撮影の前に現地を訪れた際には、何軒もはしご酒に連れていかれました(笑)。あとは、みんなでテーブルを囲んで一緒にご飯を食べたりしていたので、本当のファミリーみたいでしたね。メンドーサ監督もそういうふうにして映画作りをしている方なので、そういった雰囲気はこの映画にも活かされていると思います。

―日本人キャストでは、南果歩さんがお母さん役で出演されていますが、共演されてみていかがでしたか?

尚玄さん 果歩さんも素晴らしい方でしたね。ご自身にも息子さんがいらっしゃるからというのもあるかもしれませんが、現場ではお互いに多くを語らなくても、すぐに心を通わせられる感覚がありました。

―尚玄さんは、これまで海外の現場を数多く経験されていますが、海外で仕事をすることに対してどういったところに魅力を感じていますか?

尚玄さん まずは英語という言語の特性もあると思いますが、相手が監督でも誰でも対等に話すことができ、自分のやりたいことについてディスカッションしやすい環境が整っているというのは、いいことだなと思います。

あと、海外では主役級クラスの役でもオーディションがあるというのは、日本と大きな違いかなと。どれだけ有名になってもあぐらをかいていられない状況にはなりますが、それも作品の質を上げていくためには大切なことではないかなと感じています。

俳優をやめたいと思ったことは、一度もない


―確かにその通りですね。これまで、俳優をやめたいほどつらかった経験というのはありませんでしたか?

尚玄さん 頭ごなしに怒鳴られたり、若いころはいろいろありましたが、やめてしまいたいと思ったことは一度もありません。とはいえ、単純に諦めが悪かったというだけかもしれないですが(笑)。あとは、楽天的なところがあるので、嫌なことがあっても引きずらないようにはしています。

―それでは最後に、ananweb読者にメッセージをお願いします。

尚玄さん ボクシングをベースにした物語ではありますが、この映画は主人公が自分の逆境に負けずに夢を叶えるまでを映すだけでなく、家族や師弟との愛も描いたヒューマンドラマとなっています。性別や年齢に関係なくさまざまな方に楽しんでいただける作品なので、ぜひ映画館で観ていただきたいです。

インタビューを終えてみて……。


劇中の雰囲気とはまたひと味違って、大人の色気が漂う尚玄さん。落ち着いた口調でありながらも、完成までのいきさつや現場の様子を話されるときの熱量からは、この作品にかける思いがひしひしと伝わってきました。そんな溢れんばかりの情熱は、ぜひスクリーンで体感してください。

未来は自分の足で切り拓く!


何度倒れても、立ち上がり続ける主人公の姿に、心が奮い立つのを感じられる本作。不条理なことも多い社会に生きているからこそ、自分を信じること、そして夢を諦めない強さを持つことの大切さについて考えずにはいられないはずです。

写真・安田光優(尚玄) 取材、文・志村昌美 

ストーリー


沖縄で母親と2人で暮らしながら、プロボクサーを目指していた津山尚生。人とひとつだけ違うのは、幼少期に右膝下を失った義足のボクサーであることだった。尚生はボクサーとしての実力は確かであるにもかかわらず、身体条件の規定に沿わないとして、日本ボクシング委員会にプロライセンスの申請を却下されてしまう。

夢を諦めきれない尚生は、プロになるべくフィリピンへ渡って挑戦を続ける決意をする。そこでは、義足でもプロを目指すボクサーたちの大会で3戦全勝すればプロライセンスを取得できるという。日本では道を閉ざされた義足のボクサーが、フィリピンで夢への第一歩を踏み出そうとしていた……。

胸が熱くなる予告編はこちら!


作品情報


『義足のボクサー GENSAN PUNCH』6月3日(金)TOHOシネマズ日比谷にて先行公開、6月10日(金)全国公開配給:彩プロ

️© 2022「義足のボクサー GENSAN PUNCH」製作委員会

写真・安田光優(尚玄)

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