「日本とは心が繋がっている」名優で名監督マチュー・アマルリックが日本を愛する理由

これからますます秋が深まるなか、欠かせないのが芸術の秋。そんなときにオススメの1本は、物語の詳細を伏せて公開された謎多き注目作『彼女のいない部屋』です。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

マチュー・アマルリック監督


【映画、ときどき私】 vol. 521

フランスの名だたる映画監督から愛されるだけでなく、『007 慰めの報酬』などの話題作にも出演し、国際的な俳優としても知られているマチューさん。近年は監督としての評価も高まっていますが、家族を残して家出をした女性を描いた本作は、「彼の最高傑作ではないか」とも言われているほどの意欲作です。今回は、監督としてのこだわりや俳優との信頼関係の築き方、そして日本への熱い思いについて語っていただきました。                            

―本作の原作を読まれた際、赤ん坊のように泣きじゃくってしまったそうですが、何がそこまで響いたのでしょうか。

マチューさん 実は、読んでいる最中は泣いていませんでした。というのも、映画では構成を変えましたが、この戯曲の構成は最後の最後にどんでん返しがあるので、それまでは家出をした一人の女性が置いてきた夫や子どもたちのことを想像している話だと思っていたからです。そんななか、“ある理由”があったことをラストで知ったときに、涙が一気に溢れてきました。

ただ、その涙は彼女の苦痛が伝わってきたからではなく、彼女の持つ想像力が素晴らしいと感じたから。僕たちも苦しい人生を生きていくために、何かを想像して乗り越えることはありますが、それを彼女が見事にやってみせていたので、その姿に感動しました。

仕事というのは、簡単に見えてしまわないほうがいい


―私は本作を2回拝見しましたが、1度目は主人公・クラリスの感情を追体験するような感覚。2度目はさまざまな時間と幻想とを行ったり来たりするなかで、それぞれのピースがいかに緻密に組み込まれているかを知り、非常に驚かされました。本作を構成するうえで、どのようなことを意識されていましたか?

マチューさん まさにいま言ってもらったように、最初に観るときは感情移入してしまってどういうふうに構成されているのか、観客には具体的なものがわからないようにしています。なぜなら、シナリオや編集でどれだけ緻密に構成していても、それが簡単にはわからないような霧がかっている作品を僕が目指しているからです。

たとえば、パッと見は模様がないと思った服でも、よく見ると実は模様がある場合ってありますよね? 仕事に関しても、そんな感じであまり簡単に見えてしまわないほうがいいと僕は思っています。

―まさに本作で体現されていることですね。

マチューさん 例として挙げるなら、同じ意味合いを持つのは部屋に飾られているロバート・ベクトルのハイパー・リアリズムの絵。最初は写真のように見えるので、簡単に撮られたもののように思われますが、それが絵であるとわかった瞬間に画家の緻密な仕事ぶりに気づかされる。観客のみなさんにはそんなふうにこの映画を観ていただきたいので、最初から細部に注意を払うのではなく、セリフや音楽から頭のなかで何かを連想するような感覚で捉えていただけたらいいなと思っています。

―そういった計算がされていたからこそ、1度目と2度目ではまったく異なる映画体験と感動が味わえました。

マチューさん 初めはパラレルワールドのような何か違う現実を見せられているのではないか、と感じるかもしれません。でも、その感覚はまさに日本のみなさんが長けているところではないでしょうか。それに比べて、僕たち欧米人は「そんなパラレルワールドなんてないよ!」と合理的な考え方をしがちですからね。

関係を築くうえで大事なのは、与えること


―ananwebでは前作『バルバラ セーヌの黒いバラ』で主演したジャンヌ・バリバールさんにも取材しており、監督であるマチューさんの存在感の大きさを感じていました。本作でも俳優とマチューさんとの間に絶大な信頼があることが伝わってきましたが、俳優と関係を築くうえで、大事にしていることとは?

マチューさん まず大事なのは、与えること。僕は仕事を通して相手に“贈り物”を自分から手渡しますが、やっぱりプレゼントをしないとプレゼントはもらえないんじゃないかなと。とはいえ、撮影期間は2か月くらいなので、短期間の恋愛関係みたいに、短いから良い関係でいられるというのもありますが(笑)。

でも、恋愛においても相手に何もせず「あなたのことが大好きです」と言葉では言って、「じゃあ代わりに僕にマッサージしてよ」なんてそんなのはダメですよね。まあ、監督のなかにも「あなたは素晴らしい俳優だから大丈夫。僕はちょっと食事してくる」なんて言う人もけっこういるんですけど……。

―つまり、ご自身が俳優という立場で監督と接する経験が、活かされている部分も大きいと。

マチューさん それは、すごく役に立っていると思います。だからこそ、俳優との間に言葉がなくても感じ合えるのかもしれません。僕が監督として意識しているのは、技術的にしっかりとコントロールされている安全な遊び場を提供しているような感覚。好きに遊ばせているように見えても、ちゃんと彼らを見守り、危ないところも細かく教えるようにしているので、俳優たちには僕らがきちんと準備をした場所のなかで自由に演じてもらっています。

日本とは、相思相愛だと感じている


―なるほど。ちなみに、日本にもマチューさんのファンは多いですが、日本に対してはどのような印象をお持ちでしょうか。

マチューさん ファンが多いって、本当に(笑)? とにかく言葉にするのがすごく難しいんですが、久しぶりに日本に来てみて、「どうして僕はこんなにエキサイトしているんだろうか」と自分でも思っているほど。それくらい日本とは心がつながっているように感じています。しかも、ここにはずっといられないんだなと考えると、触れると消えてしまう泡のようなはかない時間なんだなと思うのです。日本と僕は相思相愛なので、すぐに恋しくなるでしょうね。

今回は、4日間ほどフリータイムがあるので、みんなが「キレイでいいよ!」と勧めるようなところに行くのではなく、携帯も持たずに、まったく言葉が通じないような村で迷子になってみたいなと。そこで何かが起こるんじゃないかなと期待しています。

―そこまで日本を好きになったきっかけは何ですか?

マチューさん やっぱりそれは映画ですね。日本の映画は、いつも非常に深いことを語っていると感じていますから。『彼女のいない部屋』も、僕が好きな黒沢清監督や河瀨直美監督の作品で亡霊が出ていたり、想像力の豊かさを描いていたりしていたのを見ていたからこそ作れた映画だと思っています。

あと、僕たち欧米人にとって魅力的なのは、日本人の魂と正確さ。いい加減なところで妥協することなく、徹底的に取り組む姿をリスペクトしています。僕たちは「何となくこれくらいでいいんじゃない?」という感覚なので、「シャツにアイロンかけていないけどまあいっか」みたいなところがありますよね(笑)。もちろん、僕も本当はアイロンをかけたほうがいいんじゃないかなと思ってはいるんですよ! とにかく、なぜ僕が日本を好きなのかは、もはや謎のようなものかもしれません。

―今回の滞在で、その“答え”が見つかるといいですね。

マチューさん とはいえ、あまり近づきすぎないほうがいいこともありますよ。決して知りたくないというわけではなく、これはカップルにも言えることですが、ミステリアスな部分を残しておくほうが長続きしますから(笑)。

よくないことばかりを考えすぎないほうがいい


―確かにそうですね。また、本作では愛する人と離れたときの喪失感についても描かれていますが、マチューさん自身にもそういった経験はありますか?

マチューさん 僕もその感情は味わったことがありますよ。特に、ひとつの恋が終わったときなんて死んでしまうかと思うほどつらかったりしますからね。あとは、子どもが生まれるとそれもまた大変なことが始まる出発点。「もし子どもが亡くなってしまったらどうしよう」という悪夢を見て、夜中に目覚めることもあるくらいですから。

ただ、あまり考えすぎると、それが実際に起きてしまうこともあるので、そのことばかりを考えるのはよくないと思っています。劇中では、クラリスがある悲劇を乗り越える術を自分で見つけていくので、そのあたりも見ていただきたいです。

―実際にお会いしてみて、マチューさんは非常にエネルギッシュな方だと感じていますが、その源になっているものを教えてください。

マチューさん やっぱりいまは日本にいること自体がすごく幸せで、感動しているからかもしれませんね。あとは、何と言っても、ビジネスクラスの飛行機に乗せてもらって日本に来ましたから! そうじゃなかったら、いまごろ疲労困憊していたと思いますよ。

自分の居心地がいい場所にいられる努力は欠かさない


―それは間違いないです(笑)。では、人生を楽しむために心がけていることはありますか?

マチューさん シンプルなことではありますが、いつも自分が居心地のいい場所にいられるための努力はしています。たとえば、本当に好きな人や尊敬している人としか仕事をしないとかもそのひとつ。いまは小説家とミュージシャンと僕という同世代の男3人と子どもたちと一緒にパリのアパートをシェアして暮らすようにもなりました。

敬愛する人と生活をともにすることで、子どもとの関係もよくなったし、愛情や友情も生まれるし、相互援助の気持ちとインスピレーションも湧いてくるので、すごくいいですよ! 全員男ばっかりですが(笑)。

―楽しそうですね。それでは最後に、日本のファンに向けてメッセージをお願いします。

マチューさん もし、僕の映画を観てくれなければ、僕はもうプロモーションで日本には来ません。というのも、配給会社の人から「観客が入らなかった次はエコノミークラスだよ」と言われてしまいましたから……(笑)。なので、どうか観てください!

というのは冗談で、本当は真面目に答えたいのに、すぐふざけてしまってごめんなさいね。ただ、この作品は1回では足りず、2回観ないと味わえないので、ぜひ2回は観ていただきたいというのは伝えたいです。ちなみに、一人で観るとつらすぎて泣いてしまうかもしれないので、お友達と一緒がいいかなと。2人で2回なら、チケットも4枚売れますし(笑)。みなさん、ぜひお願いします。

インタビューを終えてみて……。


溢れるような大人の色気を見せたと思ったら、急にいたずらっ子のようなお茶目な顔で冗談を言ってみたり、映画への情熱を真剣に語ってみたりと、さまざまな表情を見せてくれたマチューさん。そんな様子に魅了されっぱなしの取材でしたが、耳を赤くしてまで日本に対する思いを一生懸命に語ってくれる姿にはこちらまで胸が熱くなりました。マチューさんの監督としてのキャリアにおいても、欠かせない1本であることに間違いないので、そういう意味でも必見です。

見事に組み合わされた美しい映像と音楽にも注目!


過去と現実に、想像が交錯して生み出されるミステリアスな世界へと誘われる本作。バラバラに散りばめられたピースがひとつに繋がり、埋もれていた“家族の真実”が明かされたとき、その衝撃には誰もが心を激しく揺さぶられるはずです。

写真・山本嵩(マチュー・アマルリック) 取材、文・志村昌美

ストーリー


フランスのとある地方都市に住むクラリスには、夫と2人の子どもがいた。ところがある朝、クラリスは家を出て一人で車を走らせている。果たして、彼女は家族を捨てて家出をしたのか……。

引き込まれる予告編はこちら!


作品情報


『彼女のいない部屋』Bunkamuraル・シネマ他全国順次公開中、10月14日(金)からはアップリンク吉祥寺で公開配給:ムヴィオラ️© 2021 - LES FILMS DU POISSON – GAUMONT – ARTE FRANCE CINEMA – LUPA FILM

イメージフォーラム・フェスティバル 2022開催中マチュー・アマルリック主演作『トラララ』は、9月24日(土)SHIBUYA SKYにて上映

写真・山本嵩(マチュー・アマルリック)

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?